<お知らせ>・【2019/7~】小説家になろうで【悪がいるからダメなんだ】の小説を書いている。ブログの更新は、しばらくゆっくりになる。
・キャンプファイヤーで資金を集めています→★【神共 歩】「小説家になろう」のサイトで、無料小説を書いて、出版社に応募したい★
毎日、幸せを体で感じ、幸せな目線で、美しく広がった世界を見れるように

★『5人組や、5人組の仲間達』

『5人組や、5人組の仲間達』は、正当な他人の有能を、狡いと考え、壊そうと行動する(記事No.241)

【★1。『5人組や、5人組の仲間達』は、狡くない人を、狡いと認識して(妄想)、攻撃する】

<>。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分より有能な、他人の有能を認識すると、他人の有能を壊そうと考え、行動する。

<>。『5人組や、5人組の仲間達』は、「正当」に有能な状態である他人を、「悪」と考える。

 ①。現実の真実として、「正当」に有能な状態である他人は、「悪」ではない。

 ②。「正当」であるならば、「悪」ではない。

 ②。「正当」に有能な状態である他人は、「狡い(ずるい)」状態ではないが、『5人組や、5人組の仲間達』は、「狡い(悪)」と考える。

  ※補足1。狡いとは、悪いこと(悪事)で、有能な状態になった場合「のみ」に使う言葉である。

 ③。『5人組や、5人組の仲間達』は、「正当」で有能な状態である他人の、「正当」を認識しても、「狡い(悪)」と考える。

<>。正当な群れの成長の為には、「正当」に有能な状態である他人の、有能を育て、有能を大きくするべきである。

 ①。だが、『5人組や、5人組の仲間達』は、「正当」に有能な状態である他人を、「狡い(悪)」と考え、有能に攻撃して邪魔をする。

 ①。つまり、『5人組や、5人組の仲間達』は、正当な群れの成長(形成)の、邪魔をする。

<>。「正当」に有能な状態である他人の、有能を壊そうとする、『5人組や、5人組の仲間達』(悪人)は、駆除する必要がある。





★『5人組や、5人組の仲間達』

『5人組や、5人組の仲間達』には、まともな「人」の、「当然」が解らない(記事No.240)

【★1。『5人組や、5人組の仲間達』には、まともな「人」の、「当然」が解らない】

<1>。まともな人には、地球の世界の、まともな人の全員で、一致している「心と考え」からの、価値観(判断基準、正しく生きる為の当然)がある。

 ①。まともな人の同士は、一度も会ったことが無いのに、お互いの当たり前の「心と考え」からの、価値観が、一致することがある。

 ②。例えば、「盗んではいけない(盗むことは悪事である)」、「困っている人を助ける」、「人の嫌がることを行わない」など。

 ③。まともな人に、生まれ付き備わっている機能の、「心と考え」を使っているから、一致できるのである。

<2>。まともな人の同士は、些細な物体の差や、環境や、歴史などの違いから、「心と考え」が、「少し」違う場合がある。だが、「少し」であり、一致する「当然」は、たくさん持っている。

 ①。<例えば>

  (1)。日本人は、悪いことを行う自分を、「恥ずかしい」と考え、悪いことを行わないことを選んで生きていく。

 ※補足1。「罪を恥ずかしいと思うこと」の理由への解釈は、各日本人により違っているが、私は「他人から見られて恥ずかしい」から、ではないと考える。

       その恥ずかしいは、見栄であり、純粋な日本人の感覚では無い。

       理由は、少し「人と自分を比べる」ことを使い、「他人は立派な人なのに、自分は立派ではない、自分も、もっと立派になるように生き方を変えよう」、「神に見られたら、みっともない」と、思うからである。見栄のようで、見栄ではない。見栄(騙し)を張って生きている人ではなく、立派に(正しいもの)に、なろうと努力している人である。他人の認識はどうでもよい、自分の認識の中での、問題である。人に否定されても、自分の認識の中で、良いと思っているならば、平気(大丈夫、なんともない)となる感情である。

       理由は、自分は立派な人でありたいのに、立派でない現状を、「自分で、自分が恥ずかしい、いない状態になりたい」、「自分で、自分が嫌い」と、思うからである。

  (2)。西洋人は、悪いことを行う自分を、「自分は罪を持っている状態である(罪悪感)」、「自分はヒドイことをする物体である」「自分という物体は、罪を償わないと、いけない物体である」と考え、悪いことを行わないことを選んで生きていく。

 ②。反応は少し違うが、「悪いことを行わないことを選んで、良くなるように、生きていく」という、反応は、同じである。

   (1)。まともな人の「当然」は、「最終的な行動」を決定する為の、理論の道筋が少し違うだけで、「最終的な行動」は、同じことであることが多い。

<3>。『5人組や、5人組の仲間達』は、まともな人の、「当然」のことに、「なんで?」や、「なんで、ダメなのか?」という疑問を持ち、批判を行い、自分は有能であると表現する。

 ①。なぜなら、『5人組や、5人組の仲間達』には、まともな「心と考え」の機能が無く、まともな人の「心と考え」の機能から発生する、「当然」が解らないから。

 ②。『5人組や、5人組の仲間達』は、まともな人の行動の「理由(なぜ、そのように行うのか。なぜ、その行動を行うのか)」が解らないので、まともな人にとっては、「当然」であり、違和感が無く、自然で、普通のことを、「おかしい行動である」、「いけない行動である」と考える。

<4>。まともな人の、「当然」が解らない(機能が無い)のなら、その段階で、人として、生きていくことは無理である。(何を行うか、の段階で、無理かどうか、判断されることではない)

 ①。まともな人の行動は、「心と考え」からの、「当然」が、基本となり、それを下地に、物事を判断している。

   (1)。基本が無い状態ならば、基本から、発展させた(さらに多くを学んだ)価値基準を使っている、人の「心と考え」による、生き方(行動、判断)も、解らない。

 ②。まともな人の<「心と考え」の反応からの行動>はモノマネできない。

   (1)。『5人組や、5人組の仲間達』が、まともな人と、同じ行動を行っても、その行動は違うものになる。行動を行う「理由」が、まともな「心と考え」から発生していないから。

   (2)。行動には、必ず「理由」が必要であり、「理由」のない行動には、「意味」が無い。

   (3)。まともな人の行動と、『5人組や、5人組の仲間達』のモノマネの行動は、「理由」、「意味」、「結果」など、大きく違う。

 ③。つまり、『5人組や、5人組の仲間達』は、世界で、生存することが、許可される人ではない、ということ。

 ④。つまり、『5人組や、5人組の仲間達』は、世界で、生きることの権利が無いと、いうこと。

<5>。世界で、生きていく権利を持っているのは、まともな人の「心と考え」の機能を持っている人「のみ」である。

<6>。『5人組や、5人組の仲間達』は、まともな人を駆除し、自分たち「のみ」が生き残ろうと、考える。

 ①。『5人組や、5人組の仲間達』は、まともな人から、認めてもらえない(削除されそうになる)ので、まともな人を邪魔だと考える。

 ②。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分たちが繁殖して増え、自分たち「のみ」が、生き残ろうと、考える。

 ③。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分たち「のみ」が生き残る為に、まともな人の行動を学び(盗用、モノマネ。手段として強要を使う)、自分たち「のみ」で、生きる為の社会を作ろうとする。

  ※補足1。アレク達が行う、21世紀から知恵を学ぼうとする行動と、『5人組や、5人組の仲間達』の行動は、「心と考え」(善か悪か)が違い、結果も違う。

        アレク達の学ぼうとする行動は、未発達が学んで育とうとするものである。

        『5人組や、5人組の仲間達』の行動は、「盗もう」、「モノマネしよう」、「人の苦労の結果を、横取りしよう」、「人の苦労の結果を、乗っ取ろう」、「善人(正義)を排除(攻撃)しよう」、「相手を、自分の都合が良いように、自由に使おう」などの悪を目的として、正当な、人の権利を奪う行動である、強要(悪事)を行うものである。

        2つは、善の端と、悪の端に位置する。2つは、対極に位置する。

  (1)。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分たち「のみ」で生き残る(社会を作る)能力が無い、悪人とは、そういうものである。

    だから、自分たち「のみ」で生き残ろうと、自分たち「のみ」の社会を作り始めても、すぐに破綻する。

    そして、また、モノマネを学びなおす為に、クローンを作り、「見本」として、まともな人(クローン)に、「見本として見たい(知りたい)、能力のある人の生活の行動」を、強要して、行わせる。

    そして、何度も、繰り返す。

  ※補足1。まともな人が、『5人組や、5人組の仲間達』の、生活の為の生産用の奴隷として使われることも多い。

        奴隷は、奴隷としての認識がない場合が多い。

  ※補足2。奴隷、強要とは、人の、正当な、正常な自由意志が無い状態を表す。

<7>。世界から、駆除されるべきなのは、まともな人の「心と考え」を持たない、『5人組や、5人組の仲間達』(悪人)である。




★『5人組や、5人組の仲間達』

私が、『5人組や、5人組の仲間達』に強要され、失敗の確認をされる場合がある(記事No.239)

【★1。『5人組や、5人組の仲間達』は、私へ、行動の強要(悪事)を行う】

<1>。私は、例えば、「〇〇の失敗」をしない物体なのに、『5人組や、5人組の仲間達』に、私が「〇〇の失敗」をすることを強要され、強要された(捏造された)「〇〇の失敗」の経験から、私が「〇〇の失敗」をしないように、生きていくことになるのは、間違っている。

<2>。私が、「〇〇の失敗」を行うかどうか、『5人組や、5人組の仲間達』に強要され、確認(実験)をされることは、悪事である。

<3>。『5人組や、5人組の仲間達』の、私が「〇〇の失敗」をするかどうかの確認(実験)は、まったくの不要であり、無意味な、破綻した理論による、悪事である。

<4>。『5人組や、5人組の仲間達』は、私が「〇〇の失敗」をするかどうかの確認(実験)を行うことで、私をオモチャとして遊び、快楽(妄想)を得る。

<5>。私が、自分の命の全てを、自分の意志で使う、正常に生きている状態で、自然と、私の物体の反応として、「〇〇の失敗」をした場合に、私が、私の意志により、「〇〇の失敗」への対処を行えばよい。それが正当であり、まともな状態である。

<6>。『5人組や、5人組の仲間達』の強要により、無理やりに作られた状況で、私が「〇〇の失敗」を行わせられて、私が「〇〇の失敗」をする結果(状態)になっても、私が「〇〇の失敗」をする生き物であるという、証明には、ならない。証明は成立しない。

 ①。『5人組や、5人組の仲間達』に、無理やりに作られた状況は、私の正常に生きている状態では、発生しない。

 ②。『5人組や、5人組の仲間達』に、無理やりに作られた状況は、私の正常に生きている状態で発生する状況と、まったく違う。

 ③。『5人組や、5人組の仲間達』に、無理やりに作られた、現実に発生しない状況への、現実の実際の私の処理方法ではない、私の処理方法を見ても、現実の実際の私の処理方法を、知った(分かった)ことには、ならない。

<7>。『5人組や、5人組の仲間達』の強要により、無理やりに作られた状況で、私が「〇〇の失敗」を行わせられて、私が「〇〇の失敗」をする結果(状態)になり、私が「○○の失敗」に対応する処理を行っても、私のその処理が、私の「〇〇の失敗」を行った場合の処理方法である、という証明には、ならない。証明は成立しない。

 ①。私の処理方法は、私の状況(状態、私のみ、など)に有効な処理方法であり、私の、その都度の状況に合わせた、その都度の処理方法である。

 ②。「★1の<7>の①」だから、私の処理方法を、私以外の人がモノマネしても、モノマネ者が、正しい処理方法を行っていることに、ならない。

 ③。「★1の<7>の①」だから、私の処理方法を、私以外の人でも、モノマネすれば、モノマネ者が、正しいことを行ったことになると、いう理論は、間違っている破綻した理論である。成立しない理論であり、ならない。

<8>。私が、『5人組や、5人組の仲間達』に、「〇〇の失敗」を強要されることは、『5人組や、5人組の仲間達』の、嫌がらせである。

<9>。私が、『5人組や、5人組の仲間達』に、私が「〇〇の失敗」を強要される、正当な理由(道理)は無い。

<10>。私は、『5人組や、5人組の仲間達』に、「〇〇の失敗」を強要されることが、不快である。





★『5人組や、5人組の仲間達』

『5人組や、5人組の仲間達』は、人から認められたいと考えている(記事No.238)

【★1。『5人組や、5人組の仲間達』は、人から認められたいと考えている】

<1>。だが、『5人組や、5人組の仲間達』は、人に見つかることから、隠れて活動している。人から隠れて生きている。

<2>。隠れて活動して、自分のことを人が知ることが無くて、自分のことを人に理解してもらえないならば、人に認められることは無い。

<3>。人に認められたいのなら、自分の活動を、人に知ってもらう為に、隠れずに、人に見てもらうべきである。

<4>。人に認められたいのなら、自分の活動を、人に見せるべきである。自分の活動を、人に公表(発表)するべきである。

<5>。人に認められたいなら、認めてくれる人を増やす為に、「多くの人」に、自分の活動を教えるべきである。

<6>。人に理解してもらいたいのなら、自分の活動を、「詳しく」、人に教える必要がある。自分の活動を、「詳しく」、人に教えるべきである。

<7>。上記は、『5人組や、5人組の仲間達』が、人に認められる為の方法である。

<8>。人に認められないのなら、『5人組や、5人組の仲間達』は、これから先の未来もずっと、人から隠れて生きていくことになる。






★真実を認識する為の知識1

私の善行の邪魔(記事No.237)

 私の行動や、行動による結果を、防ごうとすることは、邪魔である。

 私の行動や、行動による結果には、必ず原因がある。

 私の行動の、原因を知らずに批判することは悪事である。

 私の行動の、原因を知る為に、行動するべきである。




カテゴリ

最新記事

検索フォーム

プロフィール

神共 歩(しんとも あゆむ)

Author:神共 歩(しんとも あゆむ)
ただ今、「小説家になろう(外部サイト)」で無料小説を書いています。
不快な世の中にウンザリしていて、善行をやらないとイライラが溜まるだけなので、やることにした。
世の中を良くする方法は知っているので、とりあえず小説で書くことから初めてみようかなっと思いまして・・・
今(2019/5)は結構ヒマなので、多少読者の質問に答えられそうです。返事が気に入らなくても文句を言わない約束で(反論&意見は受け付けます)★メール★からどうぞ。
 分かりにくい表現や、誤字などがあるかと思いますが、今(2019/5)はかなり忙しくて直せません。内容はとても重要なことだと考えているのですが、生活に関して忙しいのです。3年以内に誤字などが直せたら上出来だと思っています。申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。

月別アーカイブ