<お知らせ>・【2019/7~】小説家になろうで【悪がいるからダメなんだ】の小説を書いている。ブログの更新は、しばらくゆっくりになる。
・キャンプファイヤーで資金を集めています→★【神共 歩】「小説家になろう」のサイトで、無料小説を書いて、出版社に応募したい★
毎日、幸せを体で感じ、幸せな目線で、美しく広がった世界を見れるように

神共 歩(しんとも あゆむ)公式ブログ <shintomoayumu blog> > ★真実を認識する為の知識1

★真実を認識する為の知識1

神は、悪人に怒りを持っている(記事No.330)

【★1。神は、悪人に怒りを持っている】

<1>。悪人に、一番に怒っているのは神である。

 ①。悪人に、天使や、被害者よりも、怒っているのは、神である。

 ②。何故なら、悪人とは、神の目的を阻害するものだから。

  (1)。何故なら、「神の目的の為の世界」であり、「神の目的が最優先の最大のもの」なので、神の目的に協力する天使や、神の目的の為に存在している被害者よりも、目的を邪魔された神の怒りとは、大きいものである。

  (2)。何故なら、神の目的は、天使や人の目的でもあるが、目的の達成を一番に望んでいる(欲しがっている)のは、神だから。

<2>。神は心を持っている。

 ①。怒りという感情の意味を知れば、神が怒る機能を持っていることは、当然であると理解できる。

  (1)。「★1の<1>」の怒りとは、目的の達成を望んでいるから、目的の達成が出来ない場合に、発生するものである。

  (2)。まともな人の『心と考え』を備えている人は、何かを行う場合に、必ず目的を持っている。

    神は、まともな『心と考え』を備えている。

  (3)。目的の無い、行動は有り得ない。目的が無いのなら、行動は発生しない。

  (4)。目的が無いのなら、計画は発生しない。目的が無いのなら、成形は発生しない。

<3>。ちなみに、神の一番の怒った状態とは、神の作った「全て」の世界の、消滅の始まりである。





★真実を認識する為の知識1

悪人が、罰を受けることもなく、幸せな状態でいることは悪事である(記事No.328)

【★1。過去の、悪事の罰を受けていない、自由に利益を得て生きている悪人が存在する】

<1>。現状は、過去の悪事の罰を受けていない悪人が、罰から逃れようとして悪事を行って(重ねて)いる状態である。

<2>。悪人は、どれほどの罪を犯したのかの認識が無く、正当な罰の発生から逃れる為に暴れているだけである。

 ①。正当な罰から逃げることは不可能である。

 ②。逃げれば逃げるほど、罰の到着(発生)が遅れれば遅れるほど、罰は巨大化する。

<3>。悪人の、現状の悪事の多くは、いくら逃げても罰が追ってくる状態への、逆恨みの反抗である。

<4>。罪を犯した加害者が、罰を与えようとする正当な行動をする被害者を、駆除して罰から逃れようとするのは、悪事である。

 ①。悪人は、自分の行った悪事の罰から逃れる為に、自分の罪を知る人を、駆除しようとする。

 ②。悪人は、自分の行った悪事の罰から逃れる為に、自分に罰を与える権利を持つ被害者を、駆除しようとする。

 ③。悪人は、自分の行った悪事の罰から逃れる為に、自分に罰を与える権利を持つ人の全てを、駆除しようとする。

 ④。悪人は、自分の行った悪事の罰から逃れる為に、自分に罰を与える能力を持つ人の全てを、駆除しようとする。

<5>。悪人は、被害者から奪ったが、自分が奪われるのは嫌なので、自分に罰を与える(悪人から奪う)権利を持つ被害者を、駆除しようとする。

 ①。悪人が、「被害者から奪ったのに、自分は所持しようとする」ことは悪である。

 ②。悪人が、「被害者から奪ったものを、自分は所持しても構わない」という価値観は悪である。

 ③。悪人が、被害者から奪ったという事実(原因)は、常に存在し続ける。

<6>。悪人を、罰を受けることもなく、幸せを手に入れられる自由な状態にすることは悪事である。

 ①。悪人が、罰を受けることもなく、幸せな状態でいることは悪事である。

<7>。悪人は、自分の行った悪事の罰から逃れる為に、さらに悪事を行い続ける。




★真実を認識する為の知識1

「無理だ」の発言(記事No.324)

【★1。「無理だ」の発言】

<1>。まともな人の『心と考え』を備えている人ならば、元々(既に)、「無理(不可能)である」と、判断可能であった(認識していた)ことを、『5人組や、5人組の仲間達』は、判断(認識)することが出来なくて、「無理(不可能)ではない」と考えて行動する(悪事を行う)が、行動の途中で「無理(不可能)である」と気付いた場合の、『5人組や、5人組の仲間達』の発言。

 ①。その後、『5人組や、5人組の仲間達』は、破壊的な行動を取ることが多い。

<2>。「可能である」という判定をした、「判定の判断の材料の、知識、方法、理論など」を持っている人(私)が、行っていることを、「判定の判断の材料の、知識、方法、理論など」を知らない人が、勝手な妄想の判断で、「不可能である」と、判断(判定)した場合の、発言。

 ①。『5人組や、5人組の仲間達』の悪事を、阻止しようと活動する人が、「断片的」な知識が増えるごとに、「断片的」な知識ではなく、「全体」を把握できたと妄想したり、判断の変化が発生するので、発言する。

 ②。『5人組や、5人組の仲間達』の悪事を、阻止できないと妄想する人の発言。

  (1)。可能であるという、「判定の判断の材料の、知識、方法、理論など」を持っていない人の発言。

 ③。私は、不可能なことを、行おうとはしない。

  (1)。不可能なことを行うことは、無駄であるので、まともな人の『心と考え』を備えている人は、行わない。

  (2)。「不可能であるか、不可能でないか」の判断の為の、理論などの「能力が有るのか、無いのか」である。

 ④。私は、可能であると認識しているから、行っていることである。

<3>。正しいことを行っている人の、「やる気を無くさせる為」、「嫌がらせをする為」、「自分の罪を暴かれないように、罰を受けないように、正しい人の正しい行いの邪魔をする為」などの、悪人の発言。

<4>。『5人組や、5人組の仲間達』は、「無理だ」と発言することで、自分がカッコイイ状態であると、妄想して体感している場合がある。

 ①。「無理だ」と発言することは、自分は「他人に教えてあげる人」、「注目を浴びる人」、「人の行いへの否定」、「発見した(閃いた)人」などのカッコイイ状態であるという、『5人組や、5人組の仲間達』の、認識である。





★真実を認識する為の知識1

「正しいこと」以外は、「悪いこと」である(記事No.323)

<>。「正しいこと(もの)」と、いう概念がある。

 ①。「正しいこと(もの)」と、いう括り(くくり、範囲)がある。

<>。「正しいこと(もの)」と、合致しないものは、「悪いこと(もの)」である。

 ※補足1。「悪いこと(もの)」の定義を、簡単に説明すると、こうなる。

 ※補足2。「判断の必要性の無い、重要度(関心)が薄い、どうでもよいこと(もの)」、「善悪の中間のこと(もの)」を、「正しいこと(もの)」に含めた(括った)場合のこと。

 ①。「正しいこと(もの)」以外は、「悪いこと(もの)」である。

<>。つまり、「悪いこと(もの)」には、とても沢山の種類がある。

 ①。悪事、悪人には、とても沢山の種類がある。

 ②。1つ1つの悪事、悪人を分析して、再発しないようにする必要がある。

 ③。だが、それは、とても大変で時間がかかる。

 ④。だから、「どのように悪いのか」よりも、「正しいこと(もの)と合致するか、合致しないか」が、判断などに、優先されるべき場合が多い。

<>。『5人組や、5人組の仲間達』(悪人)の、悪事の1つ1つに精密に判断(対策)するよりも、「正しいこと(もの)と合致するか、合致しないか」と、判断(対策)することが必要な場合が多い。

 ①。『5人組や、5人組の仲間達』(悪人)は、悪事の1つ1つに対策させようとする。

 ②。『5人組や、5人組の仲間達』(悪人)は、悪事の1つ1つに対策していないならば、対策されていない悪事は行っても良いと認識する。

<>。『5人組や、5人組の仲間達』は、「正しいことと、合致しないこと」を行っている。

  『5人組や、5人組の仲間達』は、「正しくないこと」を行っている。

  『5人組や、5人組の仲間達』は、「行ってはいけないこと」を行っている。

  だから、削除する。

  ①。この判断を、『心と考え』の芯として、基盤(土台)として持って、判断、行動をするべきである。






★真実を認識する為の知識1

「本物の私が選ぶ」ということが、「正しいこと」である(記事No.322)

【★1。『5人組や、5人組の仲間達』に、私への強要をさせるな】

<1>。「本物の私が選ぶ」ということが、「正しいこと(最善、正義、神の選択、神の代行)」である。

<2>。「本物の私が選ぶこと」と、「正しいこと」は、イコール(同じ)である。

<3>。つまり、「本物の私が選んだこと」ならば、「何でも正しいこと(もの)」である。

 ①。「私の偽者が選んだこと」ならば、「何でも間違っていること(もの)」である。

 ②。「私の偽者が選ぶ」ならば、「何でも悪事(悪いこと、もの)」である。

 ③。「本物の私以外が選んだこと」ならば、「何でも間違っていること(もの)」である。

 ④。「本物の私以外が選んだこと」ならば、「何でも悪事(悪いこと、もの)」である。

<4>。本物の私が選んだことを否定することは、「正しいこと(最善、正義、神の選択、神の代行)」を否定している状態である。

 ①。『5人組や、5人組の仲間達』が本物の私の選択を否定することは、「正しいこと(最善、正義、神の選択、神の代行)」の邪魔である。

 ②。『5人組や、5人組の仲間達』は、「正しいこと」が「何なのか」を知らない。

 ③。『5人組や、5人組の仲間達』は、本物の私の選択していることを否定(イチャモン)して、間違っていることを強要する。

  (1)。『5人組や、5人組の仲間達』は、本物の私の選択していることを否定(イチャモン)して、「『5人組や、5人組の仲間達』(悪人)に都合の良いこと」、「私(神)の意志を無視したこと」、「不自然なこと」、「悪事」、「私(神)が嫌がること」などを、強要する。

  (2)。これに、神も、私も、怒りを持ち、『5人組や、5人組の仲間達』の削除を望んでいる。





カテゴリ

最新記事

検索フォーム

プロフィール

神共 歩(しんとも あゆむ)

Author:神共 歩(しんとも あゆむ)
ただ今、「小説家になろう(外部サイト)」で無料小説を書いています。
 世の中を良くする方法を、とりあえず小説で書くことから初めてみようかなっと思いまして・・・
 分かりにくい表現や、誤字などがあるかと思いますが、今(2019/5)はかなり忙しくて直せません。内容はとても重要なことだと考えているのですが、生活に関して忙しいのです。3年以内に誤字などが直せたら上出来だと思っています。申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。

月別アーカイブ