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見ているだけは悪いことである(記事No.161)
『5人組や、5人組の仲間達』の悪事を、見ていただけ。
『5人組や、5人組の仲間達』の悪事により苦しんでいる人達を見ていただけ。
『5人組や、5人組の仲間達』の悪事により苦しんでいる人達を助けようとも考えず、ただ、快楽の為に見ていただけ。
私や、<善人の仲間>の有能さを、まるで自分が有能であるかと、妄想して楽しんだ。
私や、<善人の仲間>が、『5人組や、5人組の仲間達』の悪事の結果、苦しんでいるときに、私や、<善人の仲間>の能力などに評価(批判)を行い、自分が有能(判断者)であると妄想して楽しんだ。
『5人組や、5人組の仲間達』の悪事により苦しんでいる人達を、自分には関係ない他人事だと考えた。
『5人組や、5人組の仲間達』の悪事により苦しんでいる人達の存在を、知っていた。
『5人組や、5人組の仲間達』の悪事により苦しんでいる人達の存在を知っていたが、無視して日々の快楽の為に生きることを、選んだ。
『5人組や、5人組の仲間達』が悪いと認識していた。
『5人組や、5人組の仲間達』が悪いと認識していないと、見せ掛けた(演技した)。
『5人組や、5人組の仲間達』を駆除しなければいけないと、認識していた。
『5人組や、5人組の仲間達』を駆除しなければいけないと認識していたが、駆除(行動)しなかった。
誰かが行うだろうと考えた。
世界の全員が、誰かが行うと考えるならば、行う人は発生しない。
世界の全員が担当者である。
「誰かが」ではない、世界の全員が行うことである。
誰かが行ったことから利益を受けて、先祖代々と、生き延びた。
誰かが行ったことから、利益を受け取るだけしか能力が無い。
誰かが行ったことに、批判(自分は無能ではないの表現)を行いながら、先祖代々と、生き延びた。
誰かが行ったことから、今も利益を受けていることを認識も出来ない。
行う人が必要であるという認識も出来ない。
「正当で正しい世界」の害。邪魔。寄生である。
『5人組や、5人組の仲間達』の悪事を放置したら、何も行わなかったのに悪化した。
放置しただけなのに、悪が増大した。
その結果が今である。
悪は放置すると繁殖し、成長し、増大する。
悪は放置すると善人が駆除されて、悪の駆除を行う人が少なくなる。
悪は常に発生する、悪には常に駆除する処置が必要である。
悪を常に駆除する処置を行わなかった場合、悪は増殖し、成長し、増大する。
全ての原因の、全ての結果を受け取ることになる。
自分が行ったことの結果を享受するしかない。
苦しんでいる人を、自分には関係ない他人事だと考える人を、神が、助ける法則(正当な理由)はない。
「正当で正しい世界」の形成の為に行動する人と、誰かが行うことを待つだけの人は、同じではない。神の観点からも平等はありえない。
正しいことは、行うべきことは、『5人組や、5人組の仲間達』の駆除の為に、【行動すること】である。
『5人組や、5人組の仲間達』の悪事により苦しんでいる人達を見ていただけ。
『5人組や、5人組の仲間達』の悪事により苦しんでいる人達を助けようとも考えず、ただ、快楽の為に見ていただけ。
私や、<善人の仲間>の有能さを、まるで自分が有能であるかと、妄想して楽しんだ。
私や、<善人の仲間>が、『5人組や、5人組の仲間達』の悪事の結果、苦しんでいるときに、私や、<善人の仲間>の能力などに評価(批判)を行い、自分が有能(判断者)であると妄想して楽しんだ。
『5人組や、5人組の仲間達』の悪事により苦しんでいる人達を、自分には関係ない他人事だと考えた。
『5人組や、5人組の仲間達』の悪事により苦しんでいる人達の存在を、知っていた。
『5人組や、5人組の仲間達』の悪事により苦しんでいる人達の存在を知っていたが、無視して日々の快楽の為に生きることを、選んだ。
『5人組や、5人組の仲間達』が悪いと認識していた。
『5人組や、5人組の仲間達』が悪いと認識していないと、見せ掛けた(演技した)。
『5人組や、5人組の仲間達』を駆除しなければいけないと、認識していた。
『5人組や、5人組の仲間達』を駆除しなければいけないと認識していたが、駆除(行動)しなかった。
誰かが行うだろうと考えた。
世界の全員が、誰かが行うと考えるならば、行う人は発生しない。
世界の全員が担当者である。
「誰かが」ではない、世界の全員が行うことである。
誰かが行ったことから利益を受けて、先祖代々と、生き延びた。
誰かが行ったことから、利益を受け取るだけしか能力が無い。
誰かが行ったことに、批判(自分は無能ではないの表現)を行いながら、先祖代々と、生き延びた。
誰かが行ったことから、今も利益を受けていることを認識も出来ない。
行う人が必要であるという認識も出来ない。
「正当で正しい世界」の害。邪魔。寄生である。
『5人組や、5人組の仲間達』の悪事を放置したら、何も行わなかったのに悪化した。
放置しただけなのに、悪が増大した。
その結果が今である。
悪は放置すると繁殖し、成長し、増大する。
悪は放置すると善人が駆除されて、悪の駆除を行う人が少なくなる。
悪は常に発生する、悪には常に駆除する処置が必要である。
悪を常に駆除する処置を行わなかった場合、悪は増殖し、成長し、増大する。
全ての原因の、全ての結果を受け取ることになる。
自分が行ったことの結果を享受するしかない。
苦しんでいる人を、自分には関係ない他人事だと考える人を、神が、助ける法則(正当な理由)はない。
「正当で正しい世界」の形成の為に行動する人と、誰かが行うことを待つだけの人は、同じではない。神の観点からも平等はありえない。
正しいことは、行うべきことは、『5人組や、5人組の仲間達』の駆除の為に、【行動すること】である。
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憐れみとは (記事No.71)
憐れみとは、
★★★【悪の場合】★★★
【★1。対象者を、自分より、能力などが低いと思うこと】
<1>。自分が、他の人より、能力などが低いと妄想しているので、発生する心。
<2>。自分が、他の人より、能力などが高いと妄想しているので、発生する心。
<3>。「①と②」は、他の人と自分を比べて、正しい自分の順位(価値)を、認識してしまうと、「負けている」と認識してしまうので、「①と②」で、他の人の能力を自分より、低いと妄想して、自分は「命の危機」にある存在である、という認識からの、恐怖などから、自分を守っている。
※1。「負けている」と、感じると、「命の危機」だと感じてしまう。
※2。他の人よりも、真実として、現実として、能力が高い人は、この機能が不要であり、邪魔である。
なぜなら、正確に人の能力を判別できることは、正しく生きることに不可欠だから。
もしも、感情(心)の反応として、「他の人の能力を、自分より低いと考える、妄想」が発生しても、理性(考え)で、その反応が間違いであると、気付ける。
※3。自分の方が、相手より、能力などが低いのに、相手の方が、自分より、能力などが低いとし、意図的に、自分を有能だと見せかける(見てもらう)ために、相手を憐れむ演技をする。
これは、★1とは少し違うが、演技により、自分を有能だと、思ってもらえると考える、悪人の妄想である。
【★2。悪の仲間作り>にも、使われる感情である】
<悪の仲間作り>の流れ、
<1>。悪人は、他の人に対する、憐れみの感情が発生した場合。
他の人を、自分より能力などが、低いと判別すると、仲間になろうと、寄り合おうとする、ことがある。
※1。悪人の感情は一過性のもの、であることが多いので、信用するな。
※2。悪人より、有能になろうとすると、邪魔をしてくるので、仲間になるな。
※3。悪人と一緒にいると、悪行に巻き込まれるので、近くにいるな。
※4。悪人と一緒にいると、悪に染まり続けるので、仲間になるな。心(心の一部)は失うと、なかなか戻ってこない。一生、心を無くしたまま生きる可能性が高い。
※5。悪人と一緒にいたくないと思う人は多い、周りにいる人が、その人を悪人から助ける担当である。
助けてあげたのに、また、悪人の元に戻る人がいる。それは助けられない。
自主的に、何度も戻るなら、一生続くので、助けるのをやめてよい。
<2>。以下、①→②→③→④と、順番に、進む。
①悪人が、相手を攻撃する。
②相手が悲しみを表現すると、悪人は、自分(悪人)より能力などが、低いと判断し、満足する。
③「自分が攻撃した相手なのに、助ける」や、「自分は、反省していると、相手に見せかける(瞬間的な反省の発生)」を行う。
④相手が、③の悪人を受け入れると、悪人は、相手を仲間にするか、自分が強いという妄想に満足する。相手が受け入れなければ、相手を敵だと判断し、再度攻撃しようとする。
※1。善人は、攻撃して来る者を、敵(悪)だと正しく捉える。悪人の見せかけの反省を見抜く。善人は、<悪の仲間作り>に、自分が陥落することを、恥(悪)だと捉える。
※2。悪人は、③の場合、相手が弱いと分かると、喜々として、攻撃を過熱することもある。
※3。悪人の、相手を攻撃して、相手の能力を奪い、傷付け、自分(悪人)は有能だと思う妄想や、満足や安心を得る行為などに対して、善人が、被害を受ける必要は無い。悪人の仲間に入るな、仲良くなるな、許すな。
★★★【善の場合】★★★
【★1。共感、助け合いの為に、憐れみを持っている】
<1>。困っている人を助ける為にある、「心と考え」である。
①善人を、助ける為に使え。
②自分の心を使って、相手の心を判断している。自分だったら嫌だという判断から発生している。(共感)
③正当な世界には「正しい」群れの形成が必要であり、正しい群れの形成の為の能力である。(助け合い)
※1。辛さを知る者が、辛い状態の者を助けようとする。これは「共感」による、助けである。
この場合「共感」いう言葉が正しいと思うが、ここでは、「憐れみ」とした。「同情」という言葉でもいい。
【★2。良くないものに対する判断として、憐れみを持っている】
<1>。あまりにも、能力の低い者に対する、差による憐れみである。
<2>。正当に生きている人が、悪人の、汚い生き方、その状態について、憐れみを感じることもある。
<3>。自分が、憐れみの対象者と、同じ状態に、ならないためにある、憐れみである。
<4>。自分の価値観から、遠すぎる、真逆の存在だから、発生する憐れみ。
<5>。自分は良いと思う生き方(自分の価値観)をしているのに、していない人に対して、発生する憐れみ。
<6>。自分の価値観によって発生しているので、その価値観が正当かどうかによっては、悪も感じる憐れみである。
だから、善人の、憐れみは、必ず正当な方向の憐れみとなる。
<7>。善人の、憐れみは、正しい世界への、改善の方向に向く。
<8>。悪人の、この憐れみは、悪の価値観なので、悪の方向からによるもの。
悪人の、この憐れみは、現実世界の法則に、存在していない、妄想である。
※1。この憐れみの、対象者じゃない者は、正当に生きている者で、能力などが低いだけの者である。
(頑張っても結果が出ない者。病人など。)
感情(心)の反応として、憐れみが発生しても、理性(考え)で、その反応が筋違いだと気付ける。
【★3。自分が、憐れみの対象者と、同じ状態に、ならないために、なぜ憐れむのか】
<1>。自分の価値観として、その状態は、嫌な(不幸な)、状態である。
共感として、自分だったら嫌だという、発想によって、憐れんでいる。
<2>。この憐れみはなぜあるのか。
状態(世界)の、改善のためである。
なぜ、憐れみの対象者が発生したのか、どうしたら再発を防げるのか。
自分たちの行いの悪さから、対象者が発生したのではないか。
など、改善のために、行動する力である。
「救いたい」という気持ち(心)である。
【★4。憐れみを感じる対象者が、悪人であるなら、絶対助けるな】
<1>。悪人は、善人の、憐れみの感情を利用して、生き残ってきた者である。
<2>。悪人は、意識しても、無意識でも、憐れみを貰うために演技する。
<3>。悪人は、罪に対する罰を逃れるために、演技する。騙す。
<4>。悪人は、奪うため、盗むため、などの悪行のために、演技する。
<5>。悪人に、騙されるな。
<6>。悪人は、害である。
害だと思うから、改善しようと思う。
憐れみでは、改善しない。
<7>。善人は助けろ、悪人は助けるな。
<8>。感情だけでは正しい行動が出来ない。
<9>。感情が教えてくれることを知り、知識や、知能を使って、「心と考え」の両方を使って行動を選べ。
<10>。感情に流されるとは、子作りしたいままに、相手に強要すること。
感情に流されるとは、怒りのままに、殴ること。
感情に流されるとは、憐れみを感じたままに、悪人を助けること。
<11>。悪人を助けることは正しい行動ではない。
<12>。悪人は、害である。
<13>。害は改善しろ、未来に残すな。
<14>。どうやって、悪人が、悪行をすることを、不可能にさせるか。
どうやって、悪人を、減らすか。(今が改善されたら終わりじゃない。未来に残すな)
どうやって、悪人から、善人を守るのか。
<15>。悪人は駆除し、未来に存在させない。
<16>。(悪の程度によるが)、悪人の悪に対する治療は不可能である。
<17>。悪人に対して、いずれ良くなると捉えると、善人の消耗が激しい。
<18>。悪は、DNA(生まれ付き)によるもので、それは治ることはない。
治すべきではない、駆除するべきである。
★★★【悪の場合】★★★
【★1。対象者を、自分より、能力などが低いと思うこと】
<1>。自分が、他の人より、能力などが低いと妄想しているので、発生する心。
<2>。自分が、他の人より、能力などが高いと妄想しているので、発生する心。
<3>。「①と②」は、他の人と自分を比べて、正しい自分の順位(価値)を、認識してしまうと、「負けている」と認識してしまうので、「①と②」で、他の人の能力を自分より、低いと妄想して、自分は「命の危機」にある存在である、という認識からの、恐怖などから、自分を守っている。
※1。「負けている」と、感じると、「命の危機」だと感じてしまう。
※2。他の人よりも、真実として、現実として、能力が高い人は、この機能が不要であり、邪魔である。
なぜなら、正確に人の能力を判別できることは、正しく生きることに不可欠だから。
もしも、感情(心)の反応として、「他の人の能力を、自分より低いと考える、妄想」が発生しても、理性(考え)で、その反応が間違いであると、気付ける。
※3。自分の方が、相手より、能力などが低いのに、相手の方が、自分より、能力などが低いとし、意図的に、自分を有能だと見せかける(見てもらう)ために、相手を憐れむ演技をする。
これは、★1とは少し違うが、演技により、自分を有能だと、思ってもらえると考える、悪人の妄想である。
【★2。悪の仲間作り>にも、使われる感情である】
<悪の仲間作り>の流れ、
<1>。悪人は、他の人に対する、憐れみの感情が発生した場合。
他の人を、自分より能力などが、低いと判別すると、仲間になろうと、寄り合おうとする、ことがある。
※1。悪人の感情は一過性のもの、であることが多いので、信用するな。
※2。悪人より、有能になろうとすると、邪魔をしてくるので、仲間になるな。
※3。悪人と一緒にいると、悪行に巻き込まれるので、近くにいるな。
※4。悪人と一緒にいると、悪に染まり続けるので、仲間になるな。心(心の一部)は失うと、なかなか戻ってこない。一生、心を無くしたまま生きる可能性が高い。
※5。悪人と一緒にいたくないと思う人は多い、周りにいる人が、その人を悪人から助ける担当である。
助けてあげたのに、また、悪人の元に戻る人がいる。それは助けられない。
自主的に、何度も戻るなら、一生続くので、助けるのをやめてよい。
<2>。以下、①→②→③→④と、順番に、進む。
①悪人が、相手を攻撃する。
②相手が悲しみを表現すると、悪人は、自分(悪人)より能力などが、低いと判断し、満足する。
③「自分が攻撃した相手なのに、助ける」や、「自分は、反省していると、相手に見せかける(瞬間的な反省の発生)」を行う。
④相手が、③の悪人を受け入れると、悪人は、相手を仲間にするか、自分が強いという妄想に満足する。相手が受け入れなければ、相手を敵だと判断し、再度攻撃しようとする。
※1。善人は、攻撃して来る者を、敵(悪)だと正しく捉える。悪人の見せかけの反省を見抜く。善人は、<悪の仲間作り>に、自分が陥落することを、恥(悪)だと捉える。
※2。悪人は、③の場合、相手が弱いと分かると、喜々として、攻撃を過熱することもある。
※3。悪人の、相手を攻撃して、相手の能力を奪い、傷付け、自分(悪人)は有能だと思う妄想や、満足や安心を得る行為などに対して、善人が、被害を受ける必要は無い。悪人の仲間に入るな、仲良くなるな、許すな。
★★★【善の場合】★★★
【★1。共感、助け合いの為に、憐れみを持っている】
<1>。困っている人を助ける為にある、「心と考え」である。
①善人を、助ける為に使え。
②自分の心を使って、相手の心を判断している。自分だったら嫌だという判断から発生している。(共感)
③正当な世界には「正しい」群れの形成が必要であり、正しい群れの形成の為の能力である。(助け合い)
※1。辛さを知る者が、辛い状態の者を助けようとする。これは「共感」による、助けである。
この場合「共感」いう言葉が正しいと思うが、ここでは、「憐れみ」とした。「同情」という言葉でもいい。
【★2。良くないものに対する判断として、憐れみを持っている】
<1>。あまりにも、能力の低い者に対する、差による憐れみである。
<2>。正当に生きている人が、悪人の、汚い生き方、その状態について、憐れみを感じることもある。
<3>。自分が、憐れみの対象者と、同じ状態に、ならないためにある、憐れみである。
<4>。自分の価値観から、遠すぎる、真逆の存在だから、発生する憐れみ。
<5>。自分は良いと思う生き方(自分の価値観)をしているのに、していない人に対して、発生する憐れみ。
<6>。自分の価値観によって発生しているので、その価値観が正当かどうかによっては、悪も感じる憐れみである。
だから、善人の、憐れみは、必ず正当な方向の憐れみとなる。
<7>。善人の、憐れみは、正しい世界への、改善の方向に向く。
<8>。悪人の、この憐れみは、悪の価値観なので、悪の方向からによるもの。
悪人の、この憐れみは、現実世界の法則に、存在していない、妄想である。
※1。この憐れみの、対象者じゃない者は、正当に生きている者で、能力などが低いだけの者である。
(頑張っても結果が出ない者。病人など。)
感情(心)の反応として、憐れみが発生しても、理性(考え)で、その反応が筋違いだと気付ける。
【★3。自分が、憐れみの対象者と、同じ状態に、ならないために、なぜ憐れむのか】
<1>。自分の価値観として、その状態は、嫌な(不幸な)、状態である。
共感として、自分だったら嫌だという、発想によって、憐れんでいる。
<2>。この憐れみはなぜあるのか。
状態(世界)の、改善のためである。
なぜ、憐れみの対象者が発生したのか、どうしたら再発を防げるのか。
自分たちの行いの悪さから、対象者が発生したのではないか。
など、改善のために、行動する力である。
「救いたい」という気持ち(心)である。
【★4。憐れみを感じる対象者が、悪人であるなら、絶対助けるな】
<1>。悪人は、善人の、憐れみの感情を利用して、生き残ってきた者である。
<2>。悪人は、意識しても、無意識でも、憐れみを貰うために演技する。
<3>。悪人は、罪に対する罰を逃れるために、演技する。騙す。
<4>。悪人は、奪うため、盗むため、などの悪行のために、演技する。
<5>。悪人に、騙されるな。
<6>。悪人は、害である。
害だと思うから、改善しようと思う。
憐れみでは、改善しない。
<7>。善人は助けろ、悪人は助けるな。
<8>。感情だけでは正しい行動が出来ない。
<9>。感情が教えてくれることを知り、知識や、知能を使って、「心と考え」の両方を使って行動を選べ。
<10>。感情に流されるとは、子作りしたいままに、相手に強要すること。
感情に流されるとは、怒りのままに、殴ること。
感情に流されるとは、憐れみを感じたままに、悪人を助けること。
<11>。悪人を助けることは正しい行動ではない。
<12>。悪人は、害である。
<13>。害は改善しろ、未来に残すな。
<14>。どうやって、悪人が、悪行をすることを、不可能にさせるか。
どうやって、悪人を、減らすか。(今が改善されたら終わりじゃない。未来に残すな)
どうやって、悪人から、善人を守るのか。
<15>。悪人は駆除し、未来に存在させない。
<16>。(悪の程度によるが)、悪人の悪に対する治療は不可能である。
<17>。悪人に対して、いずれ良くなると捉えると、善人の消耗が激しい。
<18>。悪は、DNA(生まれ付き)によるもので、それは治ることはない。
治すべきではない、駆除するべきである。
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絶対の前提条件として、【悪人よりも、善人が、優先される】 (記事No.70)
【★1。人は、各自、自由に動いていい、権利を持っている。悪人の指示に従う必要は無い】
<1>。絶対の前提条件として、悪人よりも、善人が、優先される。
※1。どんな場合に対してでも、絶対の前提条件である。
【★2。人は、悪人の、好きなように動かしていいオモチャではない】
<1>。悪人は、人の「心と考え」や、意志などに対して、理解がない、存在を認識しない、ので、オモチャと、人の区別がない。
悪人は、オモチャと、人を、同じような「物」として、認識している。
【★3。悪人は、人が、「心と考え」を持っている物体だとは考えない、自分だけが「意識」を持っていると考える】
<1>。悪人は、人の意志の「存在」を理解しない。
<2>。悪人は、自分を、世界に、ただ1人の、「意志」を持っている主人公で、他の人は、中身の無い、ただの登場人物として、認識している。※世界の認識範囲は狭い。
【★4。人は、悪人の、動いて欲しいよう(指示)には動かない】
<1>。人が、誰かの指示に従って動いているのは、誰かの指示に従って動きたい意志があるから。
<2>。人は、悪人の、不快で無意味な、指示に従って動きたくない意志がある。
①。悪人は、「なぜ、他の人の指示には従い、自分(悪人)の指示には従わないのか」と、考えやすい。
「なぜ、その指示に従っているのか」が、分からない悪人の世界観は、他の人は、ただ「人の指示に従っている」というだけのもの。そこに、「なぜ」の理由は無く、どんな意志で、などは、悪人の世界観に無い。
②。悪人は、従わない人に、強要して、指示に従わせようとする。(当たり前の反応として、悪人の指示には、人は従わないから)
③。悪人は、「人が、なぜ、自分(悪人)の、指示に従わないのか」の原因を、自分(悪人)が悪いのではなく、相手(従わない人)が悪いから、相手は指示に従わないでいる、と、考える。
④。悪人と、善人では、出す指示の内容、意味、結果などが違う。
⑤。悪人の指示に従うものは、悪人の仲間である。
【★5。悪人は、人の意志(「心と考え」)の、ごく僅かだけの理解しかない】
<1>。悪人は、人の「心と考え」を、読み取る力が少ない。
①。五感で、人の「心と考え」を読み取る力が少ない。
②。悪人が、読み取る部分は、人を助けるためのもの(協調)ではなく、「騙す、奪う、取り入られる」などのための、悪人が生き残るために使う部分。(善人と、悪人では、生き残りの方法が違う)
<2>。人の痛みを感じない(共感しない)。
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間違いを正しいと思うと、頭がおかしくなる (記事No.42)
間違った考えを、正しい考えだと、思い込んでいくと、頭がおかしくなる。
数が増えるごとに、頭がおかしくなる。
【頭がおかしくなると】
<1>まともな考えや、理論が、処理できなくなる。
<2>まともな判断力が、なくなる。
<3>五感が、おかしくなる。
<4>体の機能がおかしくなり、不健康になる。
【例えば】
<1>幸せじゃないことを、幸せだと、わざと感じること。
(場合によっては、必要なことだが、わざと感じないといけないという現状を、直す行動をするべきである)
<2>『5人組や、5人組の仲間達』の、理論の破綻した主張を、世界に適応すると、間違った考えを、思い込まされることになる。
『5人組や、5人組の仲間達』の、理論の破綻した主張を、受け入れるたび、間違った考えを、思い込まされることになる。
<3>まともな人の反応ではない、低能者の、間違った反応を、見たり聞いたり、認識するたび、間違った考えの、道筋が脳に作られ、脳に害がある。
【対処法】
<1>少なくとも、間違いであると気付いていたり、感じていることを、正しいと思い込もうとするのは、辞めるべきである。
<2>有能者は、有能者と、一緒にいるべきで、無能者は、無能者と一緒にいるべきである。
(変わり者や、似ている人の数の少ない人は、一緒にいる相手がなかなか見つからないが、必要なら妥協も、選択肢にある)
<3>無能者は、有能者に、近付いてくる(目的は色々)ので、社会の法として、禁止の措置が望ましい。
<4>何をもってして、有能で、無能であるかは、個々によって判断基準が違うが、その判断基準こそが、一緒にいるべき人の、種類を表す。
<5>ちなみに、有能の判断基準の、真理は、「世界の真理を、理解できる、機能があるかどうか」である。
<6>脳と体を休ませて、少しでも回復するべきである。
瞑想など、無の状態。悩み事や、考えている時間を、1日数分でも止める。自然の中でのんびりする。リラックス法。など。
※これは、立証されているか、未確認の、人の反応・性質であるが、ぜひ、調べてみて欲しい。
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私は、過去と同じに生きることを、強要される、いわれはない。 (記事No.40)
私は、過去と同じに生きることを、強要される、いわれはない。
私は常に、状況から判断される、最善を選択する。
過去の私も、状況から判断される、最善を選択したにすぎない。
私は、過去と、同じ選択をする必要性は無い。
私は、常に、「今」の「私の意志」で、「今」の状況を判断し、「今」に必要なものを選択する。
同じ事を、繰り返す、必要性はない。