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★『5人組や、5人組の仲間達』

『5人組や、5人組の仲間達』は、正当な他人の有能を、狡いと考え、壊そうと行動する(記事No.241)

【★1。『5人組や、5人組の仲間達』は、狡くない人を、狡いと認識して(妄想)、攻撃する】

<>。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分より有能な、他人の有能を認識すると、他人の有能を壊そうと考え、行動する。

<>。『5人組や、5人組の仲間達』は、「正当」に有能な状態である他人を、「悪」と考える。

 ①。現実の真実として、「正当」に有能な状態である他人は、「悪」ではない。

 ②。「正当」であるならば、「悪」ではない。

 ②。「正当」に有能な状態である他人は、「狡い(ずるい)」状態ではないが、『5人組や、5人組の仲間達』は、「狡い(悪)」と考える。

  ※補足1。狡いとは、悪いこと(悪事)で、有能な状態になった場合「のみ」に使う言葉である。

 ③。『5人組や、5人組の仲間達』は、「正当」で有能な状態である他人の、「正当」を認識しても、「狡い(悪)」と考える。

<>。正当な群れの成長の為には、「正当」に有能な状態である他人の、有能を育て、有能を大きくするべきである。

 ①。だが、『5人組や、5人組の仲間達』は、「正当」に有能な状態である他人を、「狡い(悪)」と考え、有能に攻撃して邪魔をする。

 ①。つまり、『5人組や、5人組の仲間達』は、正当な群れの成長(形成)の、邪魔をする。

<>。「正当」に有能な状態である他人の、有能を壊そうとする、『5人組や、5人組の仲間達』(悪人)は、駆除する必要がある。





★『5人組や、5人組の仲間達』

『5人組や、5人組の仲間達』には、まともな「人」の、「当然」が解らない(記事No.240)

【★1。『5人組や、5人組の仲間達』には、まともな「人」の、「当然」が解らない】

<1>。まともな人には、地球の世界の、まともな人の全員で、一致している「心と考え」からの、価値観(判断基準、正しく生きる為の当然)がある。

 ①。まともな人の同士は、一度も会ったことが無いのに、お互いの当たり前の「心と考え」からの、価値観が、一致することがある。

 ②。例えば、「盗んではいけない(盗むことは悪事である)」、「困っている人を助ける」、「人の嫌がることを行わない」など。

 ③。まともな人に、生まれ付き備わっている機能の、「心と考え」を使っているから、一致できるのである。

<2>。まともな人の同士は、些細な物体の差や、環境や、歴史などの違いから、「心と考え」が、「少し」違う場合がある。だが、「少し」であり、一致する「当然」は、たくさん持っている。

 ①。<例えば>

  (1)。日本人は、悪いことを行う自分を、「恥ずかしい」と考え、悪いことを行わないことを選んで生きていく。

 ※補足1。「罪を恥ずかしいと思うこと」の理由への解釈は、各日本人により違っているが、私は「他人から見られて恥ずかしい」から、ではないと考える。

       その恥ずかしいは、見栄であり、純粋な日本人の感覚では無い。

       理由は、少し「人と自分を比べる」ことを使い、「他人は立派な人なのに、自分は立派ではない、自分も、もっと立派になるように生き方を変えよう」、「神に見られたら、みっともない」と、思うからである。見栄のようで、見栄ではない。見栄(騙し)を張って生きている人ではなく、立派に(正しいもの)に、なろうと努力している人である。他人の認識はどうでもよい、自分の認識の中での、問題である。人に否定されても、自分の認識の中で、良いと思っているならば、平気(大丈夫、なんともない)となる感情である。

       理由は、自分は立派な人でありたいのに、立派でない現状を、「自分で、自分が恥ずかしい、いない状態になりたい」、「自分で、自分が嫌い」と、思うからである。

  (2)。西洋人は、悪いことを行う自分を、「自分は罪を持っている状態である(罪悪感)」、「自分はヒドイことをする物体である」「自分という物体は、罪を償わないと、いけない物体である」と考え、悪いことを行わないことを選んで生きていく。

 ②。反応は少し違うが、「悪いことを行わないことを選んで、良くなるように、生きていく」という、反応は、同じである。

   (1)。まともな人の「当然」は、「最終的な行動」を決定する為の、理論の道筋が少し違うだけで、「最終的な行動」は、同じことであることが多い。

<3>。『5人組や、5人組の仲間達』は、まともな人の、「当然」のことに、「なんで?」や、「なんで、ダメなのか?」という疑問を持ち、批判を行い、自分は有能であると表現する。

 ①。なぜなら、『5人組や、5人組の仲間達』には、まともな「心と考え」の機能が無く、まともな人の「心と考え」の機能から発生する、「当然」が解らないから。

 ②。『5人組や、5人組の仲間達』は、まともな人の行動の「理由(なぜ、そのように行うのか。なぜ、その行動を行うのか)」が解らないので、まともな人にとっては、「当然」であり、違和感が無く、自然で、普通のことを、「おかしい行動である」、「いけない行動である」と考える。

<4>。まともな人の、「当然」が解らない(機能が無い)のなら、その段階で、人として、生きていくことは無理である。(何を行うか、の段階で、無理かどうか、判断されることではない)

 ①。まともな人の行動は、「心と考え」からの、「当然」が、基本となり、それを下地に、物事を判断している。

   (1)。基本が無い状態ならば、基本から、発展させた(さらに多くを学んだ)価値基準を使っている、人の「心と考え」による、生き方(行動、判断)も、解らない。

 ②。まともな人の<「心と考え」の反応からの行動>はモノマネできない。

   (1)。『5人組や、5人組の仲間達』が、まともな人と、同じ行動を行っても、その行動は違うものになる。行動を行う「理由」が、まともな「心と考え」から発生していないから。

   (2)。行動には、必ず「理由」が必要であり、「理由」のない行動には、「意味」が無い。

   (3)。まともな人の行動と、『5人組や、5人組の仲間達』のモノマネの行動は、「理由」、「意味」、「結果」など、大きく違う。

 ③。つまり、『5人組や、5人組の仲間達』は、世界で、生存することが、許可される人ではない、ということ。

 ④。つまり、『5人組や、5人組の仲間達』は、世界で、生きることの権利が無いと、いうこと。

<5>。世界で、生きていく権利を持っているのは、まともな人の「心と考え」の機能を持っている人「のみ」である。

<6>。『5人組や、5人組の仲間達』は、まともな人を駆除し、自分たち「のみ」が生き残ろうと、考える。

 ①。『5人組や、5人組の仲間達』は、まともな人から、認めてもらえない(削除されそうになる)ので、まともな人を邪魔だと考える。

 ②。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分たちが繁殖して増え、自分たち「のみ」が、生き残ろうと、考える。

 ③。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分たち「のみ」が生き残る為に、まともな人の行動を学び(盗用、モノマネ。手段として強要を使う)、自分たち「のみ」で、生きる為の社会を作ろうとする。

  ※補足1。アレク達が行う、21世紀から知恵を学ぼうとする行動と、『5人組や、5人組の仲間達』の行動は、「心と考え」(善か悪か)が違い、結果も違う。

        アレク達の学ぼうとする行動は、未発達が学んで育とうとするものである。

        『5人組や、5人組の仲間達』の行動は、「盗もう」、「モノマネしよう」、「人の苦労の結果を、横取りしよう」、「人の苦労の結果を、乗っ取ろう」、「善人(正義)を排除(攻撃)しよう」、「相手を、自分の都合が良いように、自由に使おう」などの悪を目的として、正当な、人の権利を奪う行動である、強要(悪事)を行うものである。

        2つは、善の端と、悪の端に位置する。2つは、対極に位置する。

  (1)。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分たち「のみ」で生き残る(社会を作る)能力が無い、悪人とは、そういうものである。

    だから、自分たち「のみ」で生き残ろうと、自分たち「のみ」の社会を作り始めても、すぐに破綻する。

    そして、また、モノマネを学びなおす為に、クローンを作り、「見本」として、まともな人(クローン)に、「見本として見たい(知りたい)、能力のある人の生活の行動」を、強要して、行わせる。

    そして、何度も、繰り返す。

  ※補足1。まともな人が、『5人組や、5人組の仲間達』の、生活の為の生産用の奴隷として使われることも多い。

        奴隷は、奴隷としての認識がない場合が多い。

  ※補足2。奴隷、強要とは、人の、正当な、正常な自由意志が無い状態を表す。

<7>。世界から、駆除されるべきなのは、まともな人の「心と考え」を持たない、『5人組や、5人組の仲間達』(悪人)である。




★『5人組や、5人組の仲間達』

私が、『5人組や、5人組の仲間達』に強要され、失敗の確認をされる場合がある(記事No.239)

【★1。『5人組や、5人組の仲間達』は、私へ、行動の強要(悪事)を行う】

<1>。私は、例えば、「〇〇の失敗」をしない物体なのに、『5人組や、5人組の仲間達』に、私が「〇〇の失敗」をすることを強要され、強要された(捏造された)「〇〇の失敗」の経験から、私が「〇〇の失敗」をしないように、生きていくことになるのは、間違っている。

<2>。私が、「〇〇の失敗」を行うかどうか、『5人組や、5人組の仲間達』に強要され、確認(実験)をされることは、悪事である。

<3>。『5人組や、5人組の仲間達』の、私が「〇〇の失敗」をするかどうかの確認(実験)は、まったくの不要であり、無意味な、破綻した理論による、悪事である。

<4>。『5人組や、5人組の仲間達』は、私が「〇〇の失敗」をするかどうかの確認(実験)を行うことで、私をオモチャとして遊び、快楽(妄想)を得る。

<5>。私が、自分の命の全てを、自分の意志で使う、正常に生きている状態で、自然と、私の物体の反応として、「〇〇の失敗」をした場合に、私が、私の意志により、「〇〇の失敗」への対処を行えばよい。それが正当であり、まともな状態である。

<6>。『5人組や、5人組の仲間達』の強要により、無理やりに作られた状況で、私が「〇〇の失敗」を行わせられて、私が「〇〇の失敗」をする結果(状態)になっても、私が「〇〇の失敗」をする生き物であるという、証明には、ならない。証明は成立しない。

 ①。『5人組や、5人組の仲間達』に、無理やりに作られた状況は、私の正常に生きている状態では、発生しない。

 ②。『5人組や、5人組の仲間達』に、無理やりに作られた状況は、私の正常に生きている状態で発生する状況と、まったく違う。

 ③。『5人組や、5人組の仲間達』に、無理やりに作られた、現実に発生しない状況への、現実の実際の私の処理方法ではない、私の処理方法を見ても、現実の実際の私の処理方法を、知った(分かった)ことには、ならない。

<7>。『5人組や、5人組の仲間達』の強要により、無理やりに作られた状況で、私が「〇〇の失敗」を行わせられて、私が「〇〇の失敗」をする結果(状態)になり、私が「○○の失敗」に対応する処理を行っても、私のその処理が、私の「〇〇の失敗」を行った場合の処理方法である、という証明には、ならない。証明は成立しない。

 ①。私の処理方法は、私の状況(状態、私のみ、など)に有効な処理方法であり、私の、その都度の状況に合わせた、その都度の処理方法である。

 ②。「★1の<7>の①」だから、私の処理方法を、私以外の人がモノマネしても、モノマネ者が、正しい処理方法を行っていることに、ならない。

 ③。「★1の<7>の①」だから、私の処理方法を、私以外の人でも、モノマネすれば、モノマネ者が、正しいことを行ったことになると、いう理論は、間違っている破綻した理論である。成立しない理論であり、ならない。

<8>。私が、『5人組や、5人組の仲間達』に、「〇〇の失敗」を強要されることは、『5人組や、5人組の仲間達』の、嫌がらせである。

<9>。私が、『5人組や、5人組の仲間達』に、私が「〇〇の失敗」を強要される、正当な理由(道理)は無い。

<10>。私は、『5人組や、5人組の仲間達』に、「〇〇の失敗」を強要されることが、不快である。





★『5人組や、5人組の仲間達』

『5人組や、5人組の仲間達』は、人から認められたいと考えている(記事No.238)

【★1。『5人組や、5人組の仲間達』は、人から認められたいと考えている】

<1>。だが、『5人組や、5人組の仲間達』は、人に見つかることから、隠れて活動している。人から隠れて生きている。

<2>。隠れて活動して、自分のことを人が知ることが無くて、自分のことを人に理解してもらえないならば、人に認められることは無い。

<3>。人に認められたいのなら、自分の活動を、人に知ってもらう為に、隠れずに、人に見てもらうべきである。

<4>。人に認められたいのなら、自分の活動を、人に見せるべきである。自分の活動を、人に公表(発表)するべきである。

<5>。人に認められたいなら、認めてくれる人を増やす為に、「多くの人」に、自分の活動を教えるべきである。

<6>。人に理解してもらいたいのなら、自分の活動を、「詳しく」、人に教える必要がある。自分の活動を、「詳しく」、人に教えるべきである。

<7>。上記は、『5人組や、5人組の仲間達』が、人に認められる為の方法である。

<8>。人に認められないのなら、『5人組や、5人組の仲間達』は、これから先の未来もずっと、人から隠れて生きていくことになる。






★真実を認識する為の知識1

私の善行の邪魔(記事No.237)

 私の行動や、行動による結果を、防ごうとすることは、邪魔である。

 私の行動や、行動による結果には、必ず原因がある。

 私の行動の、原因を知らずに批判することは悪事である。

 私の行動の、原因を知る為に、行動するべきである。




★『5人組や、5人組の仲間達』

悪人の存在は、世界を正しく直せという表現である(記事No.236)

【★1。悪人が表現するもの】

<1>。悪人が、存在することは1つの結果である。

<2>。過去に、人が悪事を行ったことが原因で、その結果として、世界に表現されたものが悪人である。

<3>。この表現の意味は、「悪人が作られる結果になる、原因が存在する。原因を排除して、世界を正しいものに直せ」ということである。

<4>。この表現の意味は、「悪い状態を作り出すもの(悪人)が、存在する結果になる、原因が存在する。原因を排除して、世界を正しいものに直せ」ということである。

<5>。表現の意味を正しく受け取り、世界を正しい状態に直すべきである。

<6>。もちろん、その悪人自体も、悪い状態を作り出すものなので、この悪事の発生する状態も、直すべきである。




★真実を認識する為の知識1

「本当の現実の」『5人組や、5人組の仲間達』の認識の状態を、理論の判断に使うこと(記事No.235)

 『5人組や、5人組の仲間達』は、「どうなる」と考え、「何を」行ったのか。

【★1。質問に答える、『5人組や、5人組の仲間達』の答えとは】

<1>。嘘。各種。

<2>。本人の自覚としては本当のことを言うが、自覚なしの奥の意識に存在することは答えない。

<3>。本人の自覚としては本当のことを言うが、曲解の結果の、答えである。

など。



【★2。『5人組や、5人組の仲間達』の認識を知る必要があるならば、「本当の現実の」『5人組や、5人組の仲間達』の認識の状態を知る必要がある】

<1>。『5人組や、5人組の仲間達』の答えは、そのまま、真実の現実の『5人組や、5人組の仲間達』の認識の状態を表すものではない。

 そのままでは、真実の現実の『5人組や、5人組の仲間達』の認識としては使えない。

 ①。自白剤を使うべきである。

 ②。だが、自白剤は完璧ではない。自白剤に影響されないように、体を操作することが可能だから。

  ※補足1。自白剤を使わない理由にはならない。

<2>。本当の現実の『5人組や、5人組の仲間達』の認識(「心と考え」)の状態とは、物質の状態(神経などの機能、分泌物)で知ることが出来る、真実の姿のことである。

<3>。本当の現実の『5人組や、5人組の仲間達』の認識(「心と考え」)の状態とは、神が人を見るように、『5人組や、5人組の仲間達』の「心と考え」が、全てお見通しになれば、分ることが可能である。




★やる事の提示・「行うこと」

私が「誰」からの操作により「どんな状態」で「何を」行うように強要をされているのか、知ること(記事No.234)

【★1。現実を正しく変える為には、現実の「真実」を知る必要がある】

<1>。私に、「誰が」、「どんなこと」を強要する操作(行動)を行っているのかを、知ること。

<2>。私が、「誰に」、操作による「どんなこと」の強要を受けた状態(私が操作により、どんな状態)で、「何を」行うように強要をされているのかを、知ること。

<3>。世界の全ての人が、「誰に」、操作による「どんなこと」の強要を受けた状態(私が操作により、どんな状態)で、「何を」行うように強要をされているのかを、知ること。

<4>。知るのは、悪人を駆除する為である。悪人を駆除が出来る状態で、悪人を知ることを優先させるのは、間違っている。





★真実を認識する為の知識1

本来の、私の幸せは、もっと、かなり多い(記事No.233)

 私は、幸せな状態にあると、現実逃避によって、考える人が多い。

 本来の、私の幸せは、もっと、かなり多い。

 本来の、正しい結果である、私の幸せは、もっと、かなり多い。

 それが真実である。





★真実を認識する為の知識1

世継ぎ決める場合の正しい処置(記事No.232)

【★1。世継ぎ決める場合の正しい処置】

<1>。世継ぎを決めるには、対象の人ごとに、世継ぎの持つ能力が良いものであるかの、判断が必要である。

  ①。世継ぎの持つ能力が良いものであるかの、判断によって、世継ぎが決められるべきである。

  ②。世襲制ではいけない。くじ引きなどの、理論の判断の無い、いい加減なものではいけない。

  ③。これは、固定されている、真理である。最善であるので、変えられない。

  ④。世継ぎを決めるのが上手くいかないのは、これが悪いのではなく、これを行う方法など、他のことに問題があるからである。

<2>。正しく世継ぎを決めるのに、必要なことは、以下の2つである。

 ①。世継ぎの持つ能力が良いものであるかを、見抜くことが出来る(判断することが出来る)能力。

 ②。世継ぎを正しく決めることを邪魔する(悪事)、悪人を、見抜くことが出来る(駆除することが)出来る能力。(摘発後は駆除すること)

<3>。世継ぎを決めるのに、争いが起こるのは良くない。だが、よく起こる。その争いを防ぐには、

 ①。世継ぎの持つ能力が良いものであるかの判断が、正しいものであること。

  (1)。世継ぎの持つ能力が良くない場合、良いものにするべきである。そして、良いものに、しようと争いが起きる。

  (2)。世継ぎの持つ能力が良いものであるかの判断が、正しい理論による判断であると、共通の認識が必要である。

  (3)。つまり、判断が正しいという、客観的な能力の測定があれば良い。

 ②。正しい判断により選ばれた人を、差し替えようとする、悪いものを摘発して、駆除すること。

  (1)。正しい判断により選ばれた人が、世継ぎになる必要がある。

    正しい判断により選ばれた人が、世継ぎになることは、「正当で正しい世界」を形成する為になる。

  (2)。正しい判断により選ばれた人が、世継ぎになる必要性(道理、正当性)を理解しない人は、世継ぎを決める判断者となれない。

  (3)。自分の「権力欲」などの利益の為に、「正しい判断により選ばれた人が世継ぎになる」ことを、邪魔する人は悪人であり、摘発して、削除する必要がある。

<4>。「★1の<2>の①」は、必要だと考える人が多いが、「★1の<2>の②」は、必要性に気付いていない人も多い。

  正しく世継ぎを決めるには、「両方」が、必要である。

<5>。見抜く能力を高めることで、世継ぎの争いは無くなる。

  客観的に能力を見抜けるもの(理論による能力の判定)があれば、世継ぎの争いは無くなる。

<6>。世継ぎの争いを阻止する為に、世襲制にしたり、くじ引きなどの、理論の判断の無い、いい加減なもので、世継ぎを決めてはいけない。
 




★真実を認識する為の知識1

『原因』に対応する『結果』は時間で増える(記事No.231)

【★1。『原因』に対応する『結果』は時間で増える】

<1>。例えば、1つの『原因』から、3つの『結果』へ繋がる3本の線が作られ、その3つの『結果』(次の『原因』)から、それぞれ、次の『結果』へ繋がる3本ずつの線が作られる。

 つまり、1つの『原因』から、合計9本の『結果』への線が続く。

<2>。この『原因』から作られる『結果』の数の増加は、時間の流れで、奥(未来)に、次々と増えていく。時間が流れるほど、『結果』の数も増える。

<3>。1つの『原因』から、広範囲に、『結果』が作られる。1つの『原因』から、複数の『結果』が作られるから。

<4>。1つの『原因』は、広く、奥(未来)に、大量の『結果』を作り出す。

<5>。この因果の法則により、罪(『原因』)へ対応する、罰(『結果』)の発生の時間が空くと、罪(次の『原因』)と罰(『結果』)が増える。

 ①。悪い『原因』から、良い『結果』は発生しない。

  (1)。罪が発生しているので、罰の到着まで、一時的に良い『結果』に思えても、罰の到着により、良い『結果』のプラスより、マイナスの方が多い、悪い『結果』になるから。

 ②。少しの罰が、到着した(罰を受けた)ので、もう罰は終わったかと思っても、まだまだ罰は到着する。なぜなら、『原因』と『結果』は、世界が終わるまで永久に続くから。発生したことが確定である『原因』に、対応する罰(『結果』)は、次々に到着する。

  (1)。人は、寿命があるので、罰を受ける機会が有限である。

  (2)。死んだら、地獄で、続きの罰を受ける。

  (3)。死んだら、子孫や、後に残る人たち(見ず知らずの他人も含む)が、続きの罰を受け取る。

    悪い状態の『原因』を直せばよい。

  (4)。クローンの存在する現状では、永久に罰を受ける機会が発生することもある。

 




★『5人組や、5人組の仲間達』

『5人組や、5人組の仲間達』が、【何故、それを選択したのか調べる】と、『5人組や、5人組の仲間達』を駆除しやすい(記事No.230)

<1>。『5人組や、5人組の仲間達』は、他にも多数の選択肢が存在しているのに、正当な繋がりの無い、嫌がらせの選択肢を、「故意に」選び、人に強要する。

<2>。他にも多数の選択肢が存在しているのに、【何故、それを選択したのか調べる】と、『5人組や、5人組の仲間達』の悪事の、系統(連続した流れ、手順)が解りやすい。

 ①。『5人組や、5人組の仲間達』は、正当な繋がりを持たない、曲解の答えを選択することが、社会に通用するという価値観を持っている。

 ②。『5人組や、5人組の仲間達』は、正当な繋がりを持たない、曲解の答えを選択することは、罰を受けないという価値観を持っている。

★真実を認識する為の知識1

罪を認識せず、何事もなかったかの様に、生きることを続行することは罪である(記事No.229)

【★1。全てのことには、最適な時期がある】

<1>。悪人は、常に、現実として存在していた。

<2>。人は、悪人のことは、常に、知ることが可能だった。理解することは可能だった。その為の機能を持っていたから。

<3>。「★1の<1>と<2>」に追加して、さらに、私は、人に真実を教えた。

 ①。私は人に、悪人の真実を教えた。

 ②。私は人に、世界の真実を教えた。

 ③。私は人に、やるべきことである、答えを教えた。方法を教えた。

 ④。教えるのは、とても困難だった。

 ⑤。だが、人は、正しいことを行わなかった。

<4>。私は真実を教えた。だが、人は、真実を認識せずに、現実の世界で、妄想を現実だと認識して、ゴミとして生きたいと選択した。

 ①。人は、他人の誰が苦しんでいても、自分がゴミとしてでも楽しく生きれるのなら、それで良いと選択した。  

 ②。神も、私も、絶対に許さない。

  1。神も、私も、真実を認識して、現実の世界で生きるべきであると考える。

  2。神は、他人を助けない人を、助けない。自分だけが楽しければ良いと考える人は、神の作る世界の、群れの形成が出来ない。

   ※補足1。悪人は、助けてはいけない。

  3。神も、私も、被害者が被害を受ける必要は無いと考える。

  4。被害者の被害は、加害者(悪人)の駆除により、防げる。

  5。「正当で正しい世界」を形成する為の、正しいことを行うべきである。

<5>。そして、人は、間に合わない(問題が巨大化した、修正が困難な)状態で、やっと真実を理解して、行動を行おうとする。

 ①。それまでの、理解が出来るのに、理解しなかった時間は、罪である。

 ②。それまでの、理解が出来るのに、理解しなかった時間に、発生した行動は、全て間違っていて、間違っている結果の、不幸に繋がっている。自分だけでは無く、世界の不幸に繋がっている。罪である。

 ③。罪を認識せず、何事もなかったかの様に、自分は正義であると表現することには、私も、神も怒りを感じる。

 ④。反省が無いなら、改善は発生しない。罪を認識するべきである。

<6>。全てのことには、最適な時期が存在する、期限が存在する。

 ①。人は、また、また、また…時機を逃した。ゴミとして生きた。

 ②。それにより、問題を解決する時間は無くなった。

<7>。罪には罰である。全ては記録されている、必ず復讐する。

  復讐(正義)が行われないなら、神の望む「正当で正しい世界」の形成も不可能である。






★真実を認識する為の知識1

善人の命は重要。悪人の命は不要(記事No.228)

【★1。「世界を良くする人」は、命が重要である。「世界を悪くする人(悪人)」は、命が不要である】

<1>。「虫も動物も人も、全ての、命の重要さは同じである」。

 ①。命という基準では、同じ状態である。同じ(似たような)状態で、命として存在しているのである。

 ②。どんな小さな虫でも、自分と、同じく、因果の流れの線(因果の線)に存在する命である。

<2>。「★1の<1>」に「追加」して、「全ての、命の重要さは、違う」。

 ①。人の命は、虫の命より、重要である可能性がある。なぜなら、人は、虫よりも、世界を良くすることが出来るから。

 ②。虫より、人の方が、世界を良くすることが出来ないのなら、虫より、人の命の重要さは低い。

<3>。虫は、ただ飛んでいることで、世界を良くする可能性がある。(例えば、虫が銃の弾の発射を邪魔する可能性もある)

 ①。人の持つ世界を良くする力より、虫の持つ世界を良くする力の方が強い場合、虫の方が、命の重要さは高い。

 ②。だが、虫に、「世界を良くする」と、いう意識が無いところが問題である。

  自発的な行動ではなく、偶然な行動により、世界を良くするならば、「偶然な行動が世界をよくすることになる発生確率の低さ」、「意志が無いなら、命では無く、物体に近い」、「意志が無いなら善行の価値が低い」、などから、自発的に「世界を良くする」ことが出来る人より、虫の命の重要さは低い。

<4>。個体には必ず差があり、比べる為に、選び出す個体によっては、人の命の方が重要であったり、虫の命の方が重要であったりする。

<5>。神の望むように「世界を良くすることが出来る」ことで、命の重要さは発生する。

<6>。つまり、「真面目に生きた先祖が何代も続き、出来上がった子孫」と、「悪事により生き延びた悪人の先祖が何代も続き、出来上がった子孫」では、命の重要さは違う。

 ①。「世界を良くする人」は、命が重要である。「世界を悪くする人(悪人)」は、命が不要である。







★『5人組や、5人組の仲間達』

『5人組や、5人組の仲間達』は、故意に、間違えていることを言う(記事No.227)

【★1。『5人組や、5人組の仲間達』は、「間違えている」と、いう他人からの叱り(しかり)を欲しがる】

<1>。『5人組や、5人組の仲間達』は、事象に対応して、「故意に、間違えている」ことを言い、その間違えへの対応として、「間違えている」という他人からの叱り(しかり)を欲しがる。

 ①。『5人組や、5人組の仲間達』は、事象に対応して、「故意に、間違えている」ことを言い、その間違えへの対応として、「間違えている」という他人からの叱り(しかり)を受けることで、快楽を得る。

  (1)。この行動は、『5人組や、5人組の仲間達』には、他人との、交流である。

  (2)。「故意に、間違える」ことで、認めたくない現実から逃避している状態である。

  (3)。「故意に、間違える」ことで、「思考に理論の繋がりが無い出鱈目な状態」になり、頭に快感が発生する。

  ※補足1。「思考に理論の繋がりが無い出鱈目な状態」とは、思考がぼやけて、魂が抜けたような状態であり、その状態になることから、頭に快感が発生する。

  (4)。『5人組や、5人組の仲間達』の快楽としての、「他人を騙すこと」と、「他人を誘導して相手を自分の自由に動かすこと」が成功した状態が、「間違えている」という他人からの叱りを受けている状態である。

 ②。『5人組や、5人組の仲間達』は、叱りが受けられないと、叱らない相手が悪いと考える。

 ③。『5人組や、5人組の仲間達』は、叱りが発生することからの、一時的な満足を手に入れるまで、「故意に、間違えた状態」を続ける。

  (1)。これにより、本当に満足することは無いので、満たされることが無く、一時的な快楽だと気付かないので、満足を手に入れる為に、何度も行う。

  (2)。叱りが手に入らないと、不満であり、また叱りを欲しがる行動が、再発する。

  (3)。叱りを与えた場合、一時的でも満足が手に入るので、もっと欲しいと、期待が高まり、叱りを欲しがる行動が、さらに増大する。

  (4)。『5人組や、5人組の仲間達』は、「故意に、間違えた状態」を何度も行う。何度も行い続けて、当然の習慣(反応、価値観)となる。

<2>。日本の、「西側」の、「お笑い(コメディ)」では、事象に対応して、「故意に、間違えている」ことを言い、その間違えに「間違えている」と、いう他人からの叱りが発生すると、笑いが発生する。






◎どうでもいい雑記

国が攻撃される理由は(記事No.226)

【★1。国が攻撃される理由は】

1。国にある物資を欲しがる、他国から攻撃される。

2。過去の行いに対応した、報復として、恨みにより、攻撃される。

3。まともではない人(達)から、破綻した理論により、攻撃される。

が、代表的な理由(原因)だが、なぜ、大国は、この3つの攻撃される理由(原因)を高めることを行うのか。



<1>。国にある物資を欲しがる、他国から攻撃される。

<昔からの、群れ同士の戦いの理由である>

 ①。国にある物資は、国に必要なものは、あげられない。余ってるものは、必要としている他国に分ける。助け合いである。

   それ以上は望まないでほしい。

 ②。努力のない、物資を作り出すことの出来ない低能には、少しだけしか助けられない。

  ()。助け続けることになるから。(神も、人のこの状態は嫌い)

  ()。自力で、物資を作り出すことが、出来るようになってほしい。

 ③。泥棒しようとするのなら、物資を盗られないように行動したい。

<大国は、この攻撃される理由を高める>

 ①。大国は、他国の営みの邪魔を行い、他国に物資が無い状態にしたがる。

  ()。物資の無い状態を他国に与えることで、他国の戦力を減らしているが、他国の攻撃への欲望は高めている。

  ()。善悪的に考えて、他国に不幸な状態を強要することは、悪いことである。

<>。過去の行いに対応した、報復として、恨みにより、攻撃される。

 ②。大国は、恨みを作り出し、真実を公表せず、捏造された情報(歴史)を公表することで、悪事を隠そう(恨みを防ごう)とする。

  ()。恨まれることは、するべきではない。

  ()。歴史は、真実であることで知る意味が発生する。

   なぜなら、歴史は、人の過去の失敗を知り、人の行動を改善する為に、知る必要があるものだから。

   捏造された歴史では、知る必要(意味)が無い。

 ①。過去の行いは、全て宇宙の外に記録されている。

   過去は、今に在る。なぜなら、過去は今に、繋がっているから。今から過去へ辿れる。

   タイムマシンではない。世界を構成する小さな粒の反応を辿れば、過去を知ることは可能である。

   人が、発展すれば発展するほど、悪事は隠しきれない状態になる。

<>。まともではない人(達)から、破綻した理論により、攻撃される。

 ①。まともな人は、まともな社会により、生まれる。

 ①。大国は、他国の営みを邪魔して、まともな人が生まれることを邪魔する。

 ②。まともではない人は、世界の損失を作り出す。

<>。大国の、自国だけが助かる平和とは、維持するのが困難である。無駄に多く苦労が発生している。

 ①。破綻の未来(結果)にしか繋がっていない、方法(道筋)により、偽物の平和を作ろうとしている。

 ②。本当の平和への道筋とは、他国に気付かれないように他国を攻撃することではなく、正義の旗を持って、本当の平和へ進むことである。

  世界には、正義の旗に、ついてくる人が存在する。

  正義の旗が、多くの人に見れる(知ることが出来る)状態にすること。

  正義の旗が、本当に正義の旗であると、多くの人に解るようにすること。

  ついて行った先に、本当に、本当の平和があると、多くの人に解るようにすること。




 私の活動と、ブログの趣旨から、まったく関係が無いので、私が言う必要は無いのだが、ふと、思いついたので、書いておく。









★『5人組や、5人組の仲間達』

私の善行への、良し悪しの判断は、誰も出来ない。(記事No.225)

【★1。私の善行は、世界の最優先事項であるので、誰の許可も受け付けない】

<1>。私の善行への、良し悪しの判断は、誰も出来ない。不可能である。

 ①。私の偽者による、悪事には、気付いてほしい。

 ②。答えを分かっていて、その答えを使った理論により、行動している私の善行に、答えを分からない人が、行動の良し悪しの判断をすることは出来ないから。

 ③。「私の判断」を使い、「私が行動する」。

<2>。『5人組や、5人組の仲間達』は、私の善行へ、「ダメだ」と表現して、邪魔をする。

 ①。この「ダメだ」の主張には、正当な理論が存在しない。

  (1)。なぜなら、私の善行は、神の代理として行っていることであり、ダメなことではないから。

  (2)。善行がダメであると、いう理論は成立しない。なぜなら、善行はダメなことではないから。

 ②。『5人組や、5人組の仲間達』は、私の善行に、自分は許可を出すことが出来る権利があると認識している。

 ③。『5人組や、5人組の仲間達』の、自分は有能者であるという、ごっこ遊びである。

  (1)。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分に、判断する権利がある状態の妄想を楽しむ。

  (2)。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分に、判断する権利があると、見せ掛ける。騙すことの快楽。自分が有能だと思われるという、妄想による快楽。

 ④。『5人組や、5人組の仲間達』は、出鱈目なことを行うことにより、快楽を得る。

  (1)。『5人組や、5人組の仲間達』は、無意味な状態を作ることから、快楽を得る。

  (2)。繋がりのない、結果を考えない、無意味な思い付き(閃き)のみで思考(行動)するのは、楽であり、現実と妄想の境目に居るような、快楽である。

  (3)。理論的に、正当な思考をするのは疲れる。

  (4)。無差別に、繋がりの無い、思い付き(閃き)だけの思考を、現実に対して使う、デタラメな状態は、快楽である。

  ※補足1。ストレス状態の場合に、ストレス解消の為に使われることもある、人の機能である。

  ※補足2。この出鱈目な状態で、現実で生きるのは間違いである。

        現実に対応していない、現実と繋がりの無い行動となるから。

  ※補足3。この出鱈目な状態は、低能者の思考の状態である。

  (5)。『5人組や、5人組の仲間達』は、「何かを取り出し、取り出した何かを、そのまま捨てる」行動を好む。

   1。通常、何かを取り出すのは、取り出すことに、「意味(繋がり、理由)があるから」である。

   2。『5人組や、5人組の仲間達』は、意味があり、何かを取り出したが、その取り出した何かを、そのまま捨てることで、「取り出したことが無意味になる」ことから、快楽を得る。

   3。『5人組や、5人組の仲間達』は、「取り出す意味が無いのに、何かを取り出す」行動から、快楽を得る。

  (6)。『5人組や、5人組の仲間達』は、私に行動を強要し、その私の行動を止めることで、快楽を得る。

   1。つまり、目的(目標)を、途中で辞めること(無意味なこと)から快楽を得る。

   2。この目的(目標)自体も、出鱈目から、発想されたこと(無意味なこと)である場合がある。

   3。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分の出鱈目な行動に、他人が協力する(騙される)ことを楽しむ。

<3>。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分の「ダメだ」とする判断により、私の善行を邪魔をすることは、悪事であると認識しているが、悪事を行っても、問題は無い(大丈夫、問題は発生しない)と考え、悪事を行う。

 ①。『5人組や、5人組の仲間達』は、私の善行が、ダメではないと認識して、「ダメだ」と表現する。





★真実を認識する為の知識1

罪には罰であり、2つは絶対に釣り合わなくてはいけない(記事No.224)

【★1。『5人組や、5人組の仲間達』の、自分の罪から逃げる行動を防ぐこと】

<1>。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分の行った罪に対応する、罰を受け取らずに、自殺して逃げようとすることが多い。

<2>。『5人組や、5人組の仲間達』の、自殺を防ぐこと。

<3>。『5人組や、5人組の仲間達』に、【必ず】、自分の行った罪に対応する、罰を受け取らせること。

<4>。『5人組や、5人組の仲間達』に、【必ず】、罰を与えること。



【★2。罪には罰であり、2つは絶対に釣り合うことになる】

<1>。罪には罰であり、2つが釣り合うほどに、神の望みである「正当で正しい世界」となる。

<2>。罪の発生時から、罰の発生時までに、時間が空くので、罰の方が大きく見えることが多い。

 ①。時間が空けば空くほど、罰は大きくなる。

  (1)。時間の流れにより、タイムライン上に、罪を原因とした、様々な結果が発生しているから。

  (2)。この発生した様々な結果に対応した罰(結果)が、罪(原因)と繋がる。

 ②。だから、罰が大きく見えることがあるが、<現実の真実の認識>では、2つは必ず釣り合う。

<3>。人は、罪と罰の、釣り合う量を、完全には認識できない。

  ①。だが、釣り合う状態(完璧)を目指して、生きるべきである。

<4>。天国と地獄は、罪と罰が釣り合う為に在り、釣り合った結果、天国と地獄がある場所より、遠くに、罪と罰(因果)の差が残らない。

 ①。これにより、天国と地獄がある場所より、遠くにある世界は、綺麗で幸せな、神の望む本来の世界を保てる。

<5>。地球で発生した罪と罰は、地球で解決する(因果の差を減らす)ことで、綺麗で幸せな、神の望む本来の世界を保てる。

 つまり、天国と地獄による浄化は、地球でも可能である。

 ①。神の、天国と地獄による浄化は完璧である。完全な釣り合いである。

 ②。人の、地球で行う浄化は完璧ではない。

   だが、完璧に近づくように目指して、生きる(行動する)べきである。

 ③。地球で発生した罪が、地球では解決せず、地獄でのみ解決されるのならば、地球では永久に罪(原因)による被害(結果)が発生したままである。(罪だけが発生して、罰が発生しない世界は、混沌である)

 ④。地球で発生した罪からの被害を、発生したままにしては、いけない。

  罪からの被害は、罰で減らせる。

 ⑤。天国と地獄は、浄化を確実に行う為にあり、頼ってよいものではない。

   地球で出来ることは、地球で行うべきである。

 ⑥。地球で発生したことは、地球で完結させるべきである。






★『5人組や、5人組の仲間達』

『5人組や、5人組の仲間達』は、自分に嫌がらせをする、社会が嫌いであり、嫌いな社会に嫌がらせを行いたい(記事No.223)

【★1。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分に嫌がらせをする、社会が嫌いであり、嫌いな社会に嫌がらせを行いたいと考えている】

<1>。『5人組や、5人組の仲間達』は、悪いことだと認識せずに、悪いことを行う。

  産まれたときから、ずっとそうである。生まれ付きに、悪いことだと判別する為の機能が備わっていないから。

<2>。『5人組や、5人組の仲間達』は、常に、悪いことをするので、常に、人から嫌がられ、怒られている。

<3>。『5人組や、5人組の仲間達』は、なぜ、自分が、人から嫌がられ、怒られているのか、分からない。

<4>。だから、『5人組や、5人組の仲間達』は、相手が悪い人であり、自分は相手から嫌がらせを受けていると受け取る。

  それは、『5人組や、5人組の仲間達』の、社会の見え方であり、社会への認識である。

  ※補足1。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分が悪いのでは無く、他人が悪いと考える

<5>。『5人組や、5人組の仲間達』は、相手に嫌がらせを行い、相手にどれだけ不快感を与えられるかが、社会的な(世界の)、強さ(有能)を表現する方法であると、世界観として認識している。

<6>。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分に嫌がらせをする、社会が嫌いであり、嫌いな社会に嫌がらせを行いたいと考えている。

<7>。現実の真実の認識では、『5人組や、5人組の仲間達』が、社会に嫌がらせ(悪事)を行うので、『5人組や、5人組の仲間達』は、社会から嫌がられ、怒られている(罰)状態である。

 ①。だが、『5人組や、5人組の仲間達』は、自分が社会から嫌がらせを受けているから、自分は社会に嫌がらせを行っていると、いう認識である。

  (1)。『原因』の前に『結果』は無い、『原因』の後に『結果』が在る。

  (2)。『5人組や、5人組の仲間達』から社会への嫌がらせが、『原因』として先に発生し、社会から『5人組や、5人組の仲間達』への怒りが、『結果』として後に発生する。

  (3)。ここで言う、社会とは、まともな人で構成されていると、する。まともな人は、怒ること(悪事)を行わない人には、怒らない。

 ②。現実の真実の認識では、社会に嫌がらせを行うことは悪事であり、絶対に防がなくてはいけないことである。

   欠陥品の逆恨みにより、社会に嫌がらせを行うことは、可哀想だから許されることではない。

   社会に嫌がらせを行うことを、可哀想だから許す(許可する)のならば、社会は嫌がらせを行われ続け、社会は被害を受け続ける。


【★2。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分を有能だと評価してくれない、社会(他人)は、嫌い(悪い人)だと認識している】

<1>。社会や他人は、正当(正常)に有能を評価するように存在している。

  社会や他人は、正当(正常)に有能を評価するように存在しようとしないといけない。

<2>。『5人組や、5人組の仲間達』は、現実として低能であるので、現実である社会(他人)は、低能だと評価する。

<3>。『5人組や、5人組の仲間達』の、価値観(世界観)の、「有能」は、<現実の真実の認識>では、「有能」ではなく、「低能」である。

  ①。『5人組や、5人組の仲間達』と、社会(まともな人)の価値観は違う。

  ②。社会(まともな人)の価値観で、有能だと判断される事柄は、『5人組や、5人組の仲間達』の価値観とは違う。

  ③。同じように有能だと判断される事柄であっても、『5人組や、5人組の仲間達』の、自分は有能だという判定は、妄想の場合が多く、現実には、低能である場合が多い。

<4>。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分を低能だと間違って評価する、社会(他人)は、嫌い(悪い人)だと考えている。

<5>。だから、『5人組や、5人組の仲間達』は、社会(他人)に、嫌がらせ(悪事)を行う。

<6>。<現実の真実の認識>では、他人の評価は、他人の価値観であり、他人が自由に持てるものである。

  その自由な評価に、「自分のほしいものではない」と、否定するのは間違っている。




 

★真実を認識する為の知識1

私の主張(教え)が解る人は、必ず存在する(記事No.222)

【★1。私の主張(教え)を理解する人が存在する】

<1>。私の主張(教え)を、部分的に、理解する人が存在する。

 ①。私の主張(教え)の、自分の専門分野に関係する部分だけ理解することが出来る人が存在する。

 ②。私の主張(教え)は、人の感情を理解することが出来る人だけが、理解できる部分もある。

 ③。私の主張(教え)は、まともな人だけが理解できることである。

  ※補足1。私の主張(教え)は、まともな人だけが理解できることから、さらに奥に進んだ、発展した考え方なので、少し抵抗感がある。私も初めて発展した考えに辿り着いたときは、抵抗感があったが、今は少し慣れた。

<2>。『5人組や、5人組の仲間達』がとても低能なので、他の人(世界の全員)も、低能なのかと考えてしまう。

<3>。世界には、私の主張を理解する人が、確かに存在する。

 ①。過去の歴史で、『5人組や、5人組の仲間達』と戦い、削除され続け、数は少なくなっている。

 ②。だが、世界の仕組みとして、ゼロになることは無い。

 ③。『5人組や、5人組の仲間達』の駆除を行わなければ、さらに駆除され続けるだろう。

<4>。世界に、私の主張を理解する人は、点々と少ないが、存在する。





★真実を認識する為の知識1

感覚と、真理について(記事No.221)

<1>。真理の認識では、感覚は、単なる、感覚であるという認識になる。

  感覚に対応する、価値や、感情による、判断は無い。

<2>。例えば、その感覚が、気持ちのよい場合に発生したものなら、その感覚は、気持ちのよいものとして認識される感覚である。

<3>。しかし、正しく生きる為に、人には、感覚に対応する、価値や、感情による、判断が必要である。

<4>。そして、ただの感覚に対して、不快だという認識を持つ必要のないものもある。

<5>。正しく生きる為には、「真理の認識」と、「体の反応や、「心と考え」からの、感情などの判断による認識」の2つが必要であり、状況に対応した認識方法を選ぶべきである。





★真実を認識する為の知識1

人と違うことは、悪いことではない(記事No.220)

<1>。人と違っていることは、当然である、正しいことである。

 なぜなら、各個人には、個体差があるから。

<2>。人は、各自の物体の反応として、状況に対応する多数の判断から、行動を決定して行っている。

 ①。各自が、物体の反応として、状況に対する多数の判断から、行動を決定して、行わないといけない。

 ②。人と違っていることでも、正当な判断として、悪いことでないならば、行ってもよい。

 ③。人と違っていることでも、正常な判断として、悪いことは、行ってはいけない。

   悪いことは行ってはいけない。

<3>。悪人は、状況に対応する、正当な善悪の判断が無いので、「人と違っているから怒られる」、「人と違っていることは悪いことである」という認識(価値観、世界観)になる。

 ①。悪人は、人と違うことを行うと怒られる。

  なぜなら、正当な善悪の判断が無く、行うことが悪いことになるから。

 ②。悪人は、自分で考えて判断したことを行うと、怒られる。

  なぜなら、正当な善悪の判断が無く、行うことが悪いことになるから。

  悪人は、自分では悪いことだと考えていない、無自覚な悪事を行うことが多い。

 ③。悪人は、自分で考えて判断することなく、周りと同じこと(モノマネ)を行っている方が、怒られることが少ない(生存率が高まる)。

 ④。悪人は、「なぜ自分は怒られるのか」の原因の、正当な分析が出来ない。

  なぜなら、悪人は、正当な理論の機能を持たないから。

 ⑤。悪人が考える、「なぜ自分は怒られるのか」の答えは、「人と違うことを行ったから」であり、「人と違っていることは悪いことである」と、いう結論を持つことになる。

 ⑥。悪人が、人と違うことを行う人に怒る(注意する)ことは、悪人の正義感によるものである。

   (1)。<悪人の、間違っている善悪の判断>(価値観)では、悪いことを、他人が行っているから、他人に怒る(注意する)を行っている状態である。

    1。他人より、自分は分っている状態と、いう妄想がある場合もある。

    2。他人より、有能な自分が、他人に教えてあげていると、いう妄想がある場合もある。

 ⑦。悪人は、人と違うことを行う人に怒る(注意する)ことで、人の幸せを奪うことが楽しい。

  (1)。悪人は、人と違うことを行う人に怒る(注意する)ことで、他人の幸せを奪い、人を低い(低能の)位置に置くことで、自分が有能であると、いう妄想を発生させて、快楽を得る。

  (2)。悪人は、人と違うことを行う人に怒る(注意する)ことで、他人の幸せを奪った自分は有能であると、いう妄想を発生させて、快楽を得る。

<4>。善悪の判断が出来ず、悪いことをすると、怒られる(注意される、罰)。これは当然であり、正当である。

  だが、怒っている人が、善悪の判断が出来ず、怒っている(注意している)場合もある。これは間違っている。

  怒っている人が善悪の判断が出来ず、怒っている場合もあるので、「怒られる=(イコール)悪いこと」ではない。

<5>。人と違う状態を、悪人に怒られる(注意される)ことに、対処するのが面倒くさいから、「人と違うことを行わない」ことを選んでいる人は多い。

 ①。これにより、各自の能力が育たない。

 ②。正しい状態にする為の解決法は、「人と違うことは、悪いことではない」、「悪いことを行うから、悪いことだと怒られるのであり、人と違うから怒られているのではない」という、正常な認識を、社会が持つことである。

 (1)。悪人は、「★1の<5>の②」の正常な認識を持てない。

 (2)。正常な認識を、社会が持つ為には、悪人の勢力を「かなり減らす」必要がある。

<6>。人と違っていることを、批判する人は、正常な善悪の判断を持たない人である。

   正常な善悪の判断を持つ人は、人と違っている理由に、善悪の判断を行い、悪いと判断したことのみに、批判を持つ。

<7>。行うことが良いこと(可能)か、行うことが悪いこと(不可能)かには、【各状況に対応する、正当な善悪の判断】が必要になる。

<8>。【各状況に対応する、正当な善悪の判断】が、出来る人ほど、<現状の、まともな人>の「心と考え」を持っている。

<9>。【各状況に対応する、正当な善悪の判断】が、出来る人は、現状の日本には少ない。

<10>。また、【各状況に対応する、正当な善悪の判断】が出来ても、「悪いことだと分かっていても、暴かれなければ、行っても構わない」という価値観(世界観)を持ち、悪事を行う人が、かなり多い。

<11>。ちなみに、各状況に対応する、「完全な」正当な善悪の判断は、難しい。間違うことも少し有るだろう。






★真実を認識する為の知識1

「間違ったこと」を行っているのだから、望んでいる結果は手に入らない(記事No.219)

【★1。「間違ったこと」を行っているのだから、望んでいる結果は手に入らない】

<1>。悪人の憧れる、カッコイイ人は、「正しいこと」を一生懸命に行っている人である。

  悪人がモノマネで行うことは、「間違ったこと」を一生懸命に行っている状態である。

<2>。「間違ったこと」を一生懸命に行っているのだから、本心として望んでいる結果は手に入らない。

<3>。悪人は、「間違ったこと」を行うから、幸せから、逆走し、遠ざかる行動を行っているのである。

<4>。悪人は、正当な理論を持たないので、本心として望んでいる結果を手に入れる為の、「正しいこと」が分からない。

  悪人は、正当な理論を持たないので、「正しいこと」を考える(分かる)為の、道筋に欠陥があり、道筋が曲がったり、飛んだり、繋がってない道筋だったりするので、「正しいこと」に辿り着かない。






★真実を認識する為の知識1

私の教えは途中式が無い「答え」だけの状態である(記事No.218)

【★1。私の教えは途中式が無い「答え」だけの状態である】

<1>。私の教えは、世界を平和で、幸せな状態に導くものである。

<2>。私の教えは、全て、理論である。

<3>。だが、途中式が無い理論で、答えだけを先に教えている、今の私の教えの状態では、私の教えの理論が、理解されることが難しいと、私は考えている。

<4>。私は途中式も教えたい、だが、私の教えることは、邪魔されるので、教えることが完了できない。

<5>。私の教えが邪魔されても、世界を平和で、幸せな状態に導けるように、やるべきことである、「答え」を先に教えている。

<6>。この「答え」だけでも知り、答えを実行することで、世界を平和で、幸せな状態に導くことが可能である。

<7>。それは、例えば、

 悪事を行っている、罪人が存在し、この罪人の悪事により、世界に不幸が在る状態の場合、悪人の悪事を知らなくても、悪人を削除することが出来れば、世界に不幸が在る状態が直るということである。

<8>。究極的に言うと、犯人が分るだけで良いのである。分かった犯人を駆除するだけで良いのである。
 
 途中式が必要なのは、「その犯人が本当に犯人であるのかの正確性」や、「他にも犯人が発生しないように処置する為」などの理由で、犯人(悪事、罪)の分析が必要になるから、「だけ」である。







★『5人組や、5人組の仲間達』の邪魔

『5人組や、5人組の仲間達』は、現状の世界の問題を解決することを邪魔する(記事No.217)

【★1。『5人組や、5人組の仲間達』は、現状の世界の問題を解決することを邪魔する】

<1>。革命は、現状の世界の問題に気付き、現状の世界の問題を解決して、世界を現状より良いものにしようという、人の「心と考え」から発生する。

<2>。その革命により、「本当に」、現状の世界の問題が解決して、世界が現状より良くなるのなら、その革命を邪魔する人は、「世界を良くすることの邪魔をする人」である。

<3>。「世界を良くすることの邪魔をする人」は、現状の世界の問題をそのままで良いと考え、現状の世界を良くしようと考えない、現状の世界の状態を続けたいと考える人である。

<4>。現状の世界の問題をそのままで良いと考える人は、「自分さえ良ければ、他人の苦しみはそのままで良い」と考える人である。

<5>。現状の世界の問題を良くしようと考えない人は、「永久に、現状の世界の問題が存在する状態が続く、人が苦しむ世界を続けていきたい」と考える人である。

<6>。現状の世界の問題は、解決するべきである。

<7>。問題がある場合、「解決すること」は、永久に、常に、発生しなくてはいけない。




<8>。上記は、本来のまともな人の、生き方としての、前提である。

<9>。そして、重要なのは、現状の世界の問題を【どのように解決するか】である。





★真実を認識する為の知識1

なぜ不快を感じさせるのか?(記事No.216)

【★1。なぜ不快を感じさせるのか?】

<1>。現実の世界の現状が、不快感を発生させる状態だからである。

 ①。現実の世界の現状の、真実の状態、本当の状態を知ると、不快になる状態である。

<2>。自分たちが、現実の世界の現状の、不快感を発生させる状態を作り出したから、現実の世界の現状は、不快感を発生させる状態となっている。

<3>。自分たちが、作り出した不快感を発生させる、現実の世界の現状を、直す為に、現実の世界の現状の、不快感を発生させる状態(真実の状態)を知らなくてはいけない。

<4>。自分たちが、作り出した不快感を発生させる状態を、直さなくてはいけない。





★真実を認識する為の知識(罪には罰)

悪人の、善人に対する攻撃が終わらない限り、悪人と善人の戦いは続く(記事No.215)

【★1。悪人の、善人に対する攻撃が終わらない限り、悪人と善人の戦いは続く】

<1>。悪人の罪に対する正当な罰が、足りた(満ちた)場合、世界に平和が訪れる。世界の幸福な状態が作られる。

<2>。悪人を自由に生存させておくと、悪人の作り出す罪が増える。

 ①。悪人に、罪を作り出せる自由を与えてはいけない。

 ②。悪人を、罪を作り出せる状態にしてはいけない。

<3>。悪人の作り出す罪には、正当な罰が行われ、その罰は、罪に対して足りた(満ちた)量でなくてはいけない。

<4>。悪人は、悪人を倒そうとする善人を攻撃する。

 ①。この行動に正当な理由は無い。

 ②。この行動は悪事であり、罪である。

 ③。悪人が、「悪人を倒そうとする善人を攻撃する悪事」を続けるかぎり、悪人の罪は増え続け、罪に対する、善人が悪人に行わなければならない罰も増え続ける。

<5>。善人は絶えることが無い。どれほど少なくても、善人は発生し、絶えることが無い。

 ①。善人の絶滅した状態は、悪人も絶滅する状態で、人が絶滅する状態である。

  (1)。なぜなら、善人が存在しない、悪人だけの世界では、悪人の生存の為の機能がないから。

  (2)。悪人は、盗むものが無ければ、生存できない。

  (3)。悪人の群れは、必ず破綻するように出来ている。

  (4)。悪人の群れは、能力のある人を殺し、誰の能力も育たないものである。

  (5)。悪人の群れは、『何も無く』、自分の生存の為にある欲を満たすのみの、ただの(単純な)生存の状態となる。

  (6)。悪人の群れは、自分の子孫の為に行動しない、子孫で遊ぶ(妄想する、快楽を得る)自分の為の行動があるだけである。

 ②。つまり、善人は絶えることは無い。

 ③。だから、善人と悪人の戦いを終わらせるには、善人が悪人を絶やす必要がある。






★『5人組や、5人組の仲間達』

『5人組や、5人組の仲間達』は、論点をずらす(記事No.214)

【★1。『5人組や、5人組の仲間達』は、他人との会話中や、自分の思考中に、論点を逸らす】

<1>。論点をずらして考えるのは、現実逃避の能力や、相手を否定する為に使われる能力である。

<2>。論点をずらすのは、相手を否定することをゴール(目的、到着地点)として、思考や会話を進めるからである。

 <例えば>

 ①。A「」。B「」。

<3>。自分の思考中に、発生した考えからの、自分に都合の悪い不快感が発生するのを防ぐため、その考えを否定すること、その考えから逃避することに、使われる能力である。

<4>。『5人組や、5人組の仲間達』は、毎日、常に、呼吸するように自然に、無意識的にも悪事を行うので、過去の経験(思い出)に、自分に都合の悪い不快感を発生させるものが、多数ある。

 ①。自分は悪人であり、社会から嫌がられていて、社会の下位(低能)に位置する状態である。と、いう発想による不快感。

 ②。悪事を責められた思い出による不快感。自分が弱い状態(低能)に位置した思い出による不快感。

<5>。悪人は、毎日、常に、自分に都合の悪い不快感を発生させる「過去の経験の思い出」や「考え」を、否定して、逃避して生きている。

<6>。悪人は、毎日、常に、この能力を使うことで、現実逃避や、否定の能力(機能)を強化している。

<7>。論点をずらす能力は、自分の形勢が不利な状態になると、途中で意見を変更し、形勢が有利な方に移動しようとする、卑怯な行動にも使われる能力である。

<8>。論点をずらす能力は、「自分の知らなかった状態」が、他人から見て明らかであっても、「自分は知っていた」という発言や表現を行うことにも使われる能力である。

<9>。『5人組や、5人組の仲間達』は、正当な繋がりを認識する為の機能を持たないから、堂々と使う能力である。

 ①。『5人組や、5人組の仲間達』は、正当な繋がりを認識する為の、複数の機能を持たない。





★『5人組や、5人組の仲間達』の邪魔

『5人組や、5人組の仲間達』の、ごっこ遊び(記事No.213)

【★1。<現状の、まともな人>は、ごっこ遊びをして生きていない】

<1>。<現状の、まともな人>は、真面目に、真剣に生きている。

  <現状の、まともな人>は、現実の世界の為に、必要なこと(重要なこと)を行って生きている。

<2>。<現状の、まともな人>の、真面目に生きている状態が、『5人組や、5人組の仲間達』の価値観から判断して、カッコイイ状態となっている。

 ①。<現状の、まともな人>の世界観では、自分は、発生した問題に対して、真面目に、解決しようと、一生懸命に生きているだけの状態であるが、『5人組や、5人組の仲間達』の価値観から判断して、カッコイイ状態となっている。

<3>。『5人組や、5人組の仲間達』は、ごっこ遊びを行うことで、自分がカッコいい状態であるという妄想を作り、それが現実だと認識して、現実の世界で生きている。

<4>。『5人組や、5人組の仲間達』は、自分がごっこ遊びを行って生きているので、他人もごっこ遊びの状態で生きているという、世界観を持つ。

 ①。<現状の、まともな人>は、『5人組や、5人組の仲間達』の、ごっこ遊びの妄想で生きている状態と、同じ状態ではないが、『5人組や、5人組の仲間達』は、<現状の、まともな人>は、違う状態(人の本来の状態、生き方)であると認識しない。

 ②。『5人組や、5人組の仲間達』は、「現実の世界の為に、必要なことを行っている」と、いう状態が存在するという認識が無い。

 ③。『5人組や、5人組の仲間達』は、「現実の世界の為に、必要なことを行っている」と、いう状態を体感する能力が無い。

 ④。なぜなら、『5人組や、5人組の仲間達』は、「現実の世界の為に、必要なことを行っている」状態になる為の能力が無いから。

<5>。「人の命」、「人の生き方」、「発生した問題に対して、真面目に、解決しようと、一生懸命に生きている状態」などは、『5人組や、5人組の仲間達』のオモチャではない。

 ①。『5人組や、5人組の仲間達』は、<現状の、まともな人>が、真面目に生きている状態を、ごっこ遊びに使う。

 ②。『5人組や、5人組の仲間達』は、<現状の、まともな人>が、真面目に生きている状態を、自由に邪魔できる状態である。

<6>。『5人組や、5人組の仲間達』に、<現状の、まともな人>が、真面目に生きている状態を、邪魔されないように、直すべきである。





【★2。『5人組や、5人組の仲間達』と、マフィアは同じ「心と考え」を持つ】

<1>。世界は、マフィアの、自分は強いという妄想を体験させる為に、存在するのではない。

<2>。人は、マフィアの、自分は強いという妄想を強要され、妄想の世界の為の、駒(オモチャ)として使われるべきではない。

<3>。マフィアは、人の中でも、下位に存在する生き物である。

<4>。世界の真理を認識することもなく、人がどう生きるべきかも解ることが出来ない、単純に、生きる為の欲の通りに行動して、欲を満たす為に生きているだけである生物が、有能である(強い)というのは、妄想である。

<5>。『5人組や、5人組の仲間達』は、マフィアと同じ存在である。なぜなら、先祖が同じだから。





◎神共歩への【ご意見・ご感想】など

悪事を阻止する行動を、『各自』が行うべきである(記事No.212)

 世界に対する重大な悪事を、誰も止めずに、行われる悪事を見守るだけならば、その悪事は世界の総意である。

 悪事を、行わせない為の行動は行うことが可能だった。

 とても沢山の、「行わせない為の行動」の数があった。

 だが、「行わせない為の行動」を行う人は少なく、悪事を阻止する力は少なかった。

 悪事が行われる状態を、そのままでよいと考えた、世界の総意である。

 「悪事を阻止する為に自分に出来たこと」を行わなかったのだから、悪事が行われることを許可している状態である。

 悪事は予測できる状態であった。

 悪事が行われたのは、世界の総意である。






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プロフィール

神共 歩(しんとも あゆむ)

Author:神共 歩(しんとも あゆむ)
ただ今、「小説家になろう(外部サイト)」で無料小説を書いています。
不快な世の中にウンザリしていて、善行をやらないとイライラが溜まるだけなので、やることにした。
世の中を良くする方法は知っているので、とりあえず小説で書くことから初めてみようかなっと思いまして・・・
今(2019/5)は結構ヒマなので、多少読者の質問に答えられそうです。返事が気に入らなくても文句を言わない約束で(反論&意見は受け付けます)★メール★からどうぞ。
 分かりにくい表現や、誤字などがあるかと思いますが、今(2019/5)はかなり忙しくて直せません。内容はとても重要なことだと考えているのですが、生活に関して忙しいのです。3年以内に誤字などが直せたら上出来だと思っています。申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。

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