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★『5人組や、5人組の仲間達』

『5人組や、5人組の仲間達』は、悪事を止める為の善人からの攻撃に対し、反発し、反撃(悪事)を行う(記事No.178)

【★1。<現状の、まともな人>は、無差別に殺していない】

<1>。<現状の、まともな人>は、無差別に死刑(罰)を行っていない。

<2>。死刑(罰)は、「正当で正しい世界」の形成に必要だから、悪事を行った、悪人に対して行われている。

<3>。罰は、無差別ではなく、判断によって、行われている。



【★2。悪人は、罰が行われる理由(判断)が分からない】

<1>。悪人は、罰が行われる理由(判断)の「存在」を、知らない場合がある。

<2>。悪人は、分かる為の機能が無いので、罰が行われる理由(判断)が分からない。

<3>。悪人に、分かる為の機能が無いので、無差別に罰が行われていると判断する。

 「何故、罰が行われているのか」、「罰の発生する理由(判断)」などが分からないので、罰の発生に差は無く、無差別(いい加減)に行われていると、認識する。

<4>。「無差別に行われる攻撃」と、「悪人を倒すための攻撃」は、違うが、悪人は、その違いを持たないので、全て同じに見える(認識する)。



【★3。悪人は、「正当に行われた処置の行動」と、「無差別に行われた行動」の、区別がつかない】

<1>。悪人は、「正当に行われた処置の行動(善行)」と、「無差別に(正常な判断が無く)行われた行動(悪事)」の、区別がつかない。

  悪人は、2つの違いが分からない。同じだと認識する。

<例えば>

①。悪事を行った悪人を、牢屋に「閉じ込める」のは、行うべきこと(善行)である。

  悪事を行っていない人を、「閉じ込める」のは、悪事である。

②。悪事を行った悪人を、死刑(罰)で「殺す」のは、行うべきこと(善行)である。

  悪事を行っていない人を、「殺す」のは、悪事である。

<2>。悪人は、正当な処置の罰に対して、なぜ行われるのか理由が分からないので、怒り(反発)を持つ。

<3>。悪事を行った悪人を、死刑(罰)で「殺す」のは、行うべきこと(善行)であり、それに対して、残っている悪人の仲間が、仲間を殺されたからと、死刑(善行)を行った人を攻撃するのは悪事である。

 ①。悪事を行った悪人を、死刑(罰)で「殺す」のは、「正当で正しい世界」の形成の為の、正当な処置(善行)である。

 ②。「正当で正しい世界」の形成の為の、良いことに対して、良くないという考え(価値観、反応)は間違っている。

 ③。「仲間を殺されたから、仲間を殺した相手を攻撃(駆除)する」のは、<現状の、まともな人>の反応にもある。だが、「何故、仲間が殺されたのかの理由」、「何に対して攻撃するのか(攻撃の理由)」によっては、この反応は悪事となる。

 (1)。「何に対して攻撃するのか」は、攻撃の理由であり、攻撃の対象である。

   「相手が悪いこと」か(or)、「自分が悪いこと」か、「善に対して」か、「悪に対して」か、などである。

 (2)。善人が、悪人の悪事で、殺された(攻撃された)場合、残っている善人の仲間が、悪人を攻撃する(殺す、駆除する)のは、正義である。

 (3)。悪人が、善人の正義(善行、悪人の悪事の阻止など)で、殺された(攻撃された)場合、残っている悪人の仲間が、善人を攻撃する(殺す、駆除する)のは、悪事である。

 (4)。悪人の仲間が「殺された理由」が、悪人の仲間が「悪事を行ったから」で、悪人の仲間が殺されることで「正当で正しい世界」が形成されるのならば、悪人の仲間が殺されたことは、善行(正しいこと)である。

 (5)。善行(良いもの)に対して、良くないという考え(価値観)は、間違っている。

 (6)。善行(正義)に対して、攻撃しようとするのは、間違っている(悪人である、悪事である)。

 (7)。「仲間を攻撃された(殺された)から、仲間を殺した相手を攻撃する(殺す)」、正当な理由(判断)は、「善人が、悪人に攻撃された(殺された)」という状況である。

 (8)。「仲間を攻撃された(殺された)から、仲間を殺した相手を攻撃する(殺す)」、正当ではない理由(判断)は、「悪人が、善人に攻撃された(殺された)」という状況である。

 (9)。悪人が悪事を行ったので、悪事を止める為の反応として、悪事を行った悪人が殺されたのならば、当然のことであり、善行である。

 (10)。善行として、悪人を殺した<現状の、まともな人>が、残っている仲間の悪人に、攻撃される(殺される)のならば、悪事である。

 ※補足1。悪事が何であるか、罰は何が必要かには、審議が必要である。



【★4。『5人組や、5人組の仲間達』(悪人)の悪事を止める為の、善人から悪人への攻撃(善行)に対し、『5人組や、5人組の仲間達』(悪人)は、反発し、反撃(悪事)を行う】

<1>。『5人組や、5人組の仲間達』(悪人)の悪事を止める(駆除する)為に、『<善人の仲間>や、<現状の、まともな人>(善人)』は、『5人組や、5人組の仲間達』(悪人)を攻撃する。

<2>。善人が、悪人の悪事を無くす為に、悪人を攻撃することは、正当な正しい行動であり、「正当で正しい世界」の形成の為になる、善行(正義)である。

<3>。善人が、悪人を攻撃した(殺した)ことに対し、残っている悪人の仲間が、反発(反撃)を行うのは、正当な行為ではなく、「正当で正しい世界」の形成の為にならない、悪事である。

<4>。『5人組や、5人組の仲間達』(悪人)は、自分が行った「悪事に付属して発生する」、悪事を止める為の、善人による悪人への「罰(攻撃など)」に対して、反発し、反撃(悪事)を行う。

<5>。『5人組や、5人組の仲間達』(悪人)は、自分の悪事に対する、罰から逃れる為に、善人による悪人への罰(攻撃など)に対して、反発し、反撃(悪事)を行う。

 ①。『5人組や、5人組の仲間達』は、何故、自分が攻撃されるのか(罰の理由、罰の正当性)が分からない。

 ②。『5人組や、5人組の仲間達』は、悪事の快楽だけ欲しがり、罰の不快感(苦痛)は嫌がり、逃れようとする。

  ※補足1。罪と罰は、必ず一緒に発生する。どちらか片方だけの発生は、絶対に無い。

  ※補足2。過去に、罪は行った(発生した)が、罰はまだ受けていない(発生したが到着していない)状態の、罰は、未来永劫、消えることなく増え続け、必ず罰を受け取ることになる。(罰が増える理由は時間)。

      「正当で正しい世界」の為に、『<善人の仲間>や、<現状の、まともな人>(善人)』は、『5人組や、5人組の仲間達』の、過去に、罪は行ったが、まだ受けていない罰を、『5人組や、5人組の仲間達』に、必ず与える。

      罪の発生だけの状態の、悪事の、全てに対して、罰を与える。

      罰は逃げても、「必ず」受けることになる。

<6>。正義に対する反発(反撃)である、悪事は許さない。悪事には罰を行う。

<7>。悪人が無くなるまで、悪人の絶滅まで、善と悪の戦いは続く。

<8>。善と悪の戦いは、悪事が先に発生し、正義の悪人の駆除が、続いて発生する。順番が逆になることは無い。

 ①。悪事の予測による、正義の悪人の駆除はあるが、「悪事が発生したから、悪事の予測が、続いて発生」している。

   悪事の発生→悪人の駆除→悪事の予測→悪人の駆除である。

<9>。善と悪の戦いは、悪人の悪事が発生しなくなるほど、悪人の数がほど、少なくなる。







<<私の主張は、まともな「心と考え」を持っている人には伝わる、分かる(記事No.179)神共 歩(しんとも あゆむ)公式ブログ <shintomoayumu blog>悪事への正義の介入と、<現状の、まともな人>の行動への悪人の介入(記事No.177)>>

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Author:神共 歩(しんとも あゆむ)
ただ今、「小説家になろう(外部サイト)」で無料小説を書いています。
 世の中を良くする方法を、とりあえず小説で書くことから初めてみようかなっと思いまして・・・
 分かりにくい表現や、誤字などがあるかと思いますが、今(2019/5)はかなり忙しくて直せません。内容はとても重要なことだと考えているのですが、生活に関して忙しいのです。3年以内に誤字などが直せたら上出来だと思っています。申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。

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